No.116[原因不明のウイルス性脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
ときどき拝見しています。
私の息子は3歳5ヶ月です。
1歳8ヶ月のとき、原因不明のウイルス性脳炎になりました。
なる前に風邪が治ったばかりで、体力が落ちていたせいかなと思います。
突然けいれんをして意識が戻った時には、パパママも感情も言葉も、全て忘れてしまいました。
転んでも泣かないし、声も出さなかったです。
脳が全体的に若干萎縮しているそうです。
視野の部分に傷もあります。
でも今のところ視力が悪い様子はありません。
幸い歩行は問題なかったのですが多動になり、いまでも落ち着きはありません。
8ヶ月経った頃から療育センターに毎日母子通園しています。
来月からは単独通園になります。
現在はよく笑いよく泣きます!
怒ります、喜びます、感情が戻ってきました。
こちらの言っていることは少し理解出来るようになりました。
言葉はまだですが、手をひっぱったりして自分の要求を伝えています。
病気になったばかりの頃はつらくてつらくて泣いてばかりいました。
でも、母が泣いてたら子供は笑ってくれませんよね。
今は知的障害児を持つ友達が出来て結構楽しい毎日です。
こういう子だと少しの事でも何か出来ると何十倍もうれしいですよね。
最近は自我が芽生えてきて手を焼いています。
梅雨が近づいていますが、あやかちゃんも体調を崩さぬようお気をつけください。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
息子さんがウイルス性脳炎にかかられてから、2年近くになられるのですね。
全てを忘れていらっしゃった息子さんが、今では要求が伝えられるようになられ、言葉の理解もできつつあるとのこと、息子さんの回復力には目を見張るものがありますね。
おっしゃるように、たとえ小さなことひとつでも、できるようになることは大きな喜びです。
私たちもこの喜びを糧に歩んでいければと思っています。
それでは、息子さんの更なる回復と楽しく毎日が過ごせますことをお祈りいたしております。
No.117[細菌性髄膜炎、脳炎による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
Hp何度も見ました。
私は1才四ヶ月の娘の母です。
このHpは入院中に院内にある医療福祉部の方におしえていただきました。
娘は、生後八ヶ月の時、細菌性髄膜炎から脳炎になりました。
菌はGBS・B群溶連菌でした。
娘を妊娠中に私は保菌者でしたが、出産時に抗生剤を使用するので感染の心配は無いといわれました。
出産後検査をし、娘は感染していませんでした。
なのにどこから、どのように菌が入ったのか?
感染していたとしても発症が遅いため、原因はわからないと言われました。
発症当時、娘は高熱から痙攣し、熱性痙攣と診察されていました。
しかし、痙攣が何度も続き止まらなくなってしまい、集中治療室で人工呼吸器を付け、呼吸管理をしました。
痙攣を抑えるため麻酔をしていましたが、それでも痙攣をし、麻酔を増量しました。
その間、娘の状態は悪くなる一方。
顔はむくみ、色は土色になり、生死をさまよいました。
脳波はほとんど直線に近い状態でした。
このまま呼吸器が取れないことも・・・と言われましたが、7日目に自発呼吸が出始め、呼吸器がとれ、12日目に一般病棟に移りました。
そして半年間の入院生活が始まりました。
目は開いたものの、ずっと右上をみていて、体を動かすこともありませんでした。
たまに奇声をあげ、体を弓のように反らすといった状態が続きました。
リハビリも早くから開始したほうがよいと言われ、毎日やっていただきました。
少しですが体を反らす回数も減り、経管栄養から、哺乳瓶でミルクが飲めるようになりました。
現在娘は、離乳食中期が食べれるようになりました。
リハビリは退院後も毎日通っています。
体に力が入ってしまい、筋肉が固まらないように予防をかねて行っています。
耳は聞こえているようなんですが、そこから何かにつながる動きはありません。
目は以前のようなことは無くなりキョロキョロするようになりましたが見えている?という状態です。
おもちゃで遊ぶことはありません。
寝たきりですが、たまに体を反らしたついでに寝返るようなことがあります。
笑うことも忘れてしまったようです。
痙攣を抑えるのにフェノバールを飲んでいますが、一日に数回ピクッと両手を突っ張らせることがあります。
主治医はこの動きまで止めてしまうと、今まである動きもなくなってしまうから、様子を見ようと言われています。
親としては、このままおさまっていてくれると思いたいところです。
ひとつ質問なんですが、障害児手帳についてなんですが、只今、申請中なんですが疑義ありと、返事が来ました。
あやかちゃんは、すぐに交付されましたか?
申請してもう二ヶ月になるのですが。
こちらから、市のほうに問い合わせようとも思っているところです。
娘は少しつづですが、変化があります。
まだまだ、これから・・・と前向きになっては落ち込み、同じような歳の子を見ては、涙し・・・の日々です。
娘にとって何をしてやればよいのか、何が良いのかわからなくなることがあります。
出口の無いトンネル・・・、その通りだと思います。
以前のようにように笑ってくれる日が来ると信じています。
長々と失礼いたしました。
やっとメールが送れるまでの精神状態になってきたとこで、うれしくて・・・・・。
また、Hp拝見させてもらいます。
これから、暑い日々が続きますが、皆さん変わりなく元気にお過ごしください。
[返事]
はじめまして。
このたびは、娘さんの介護で大変な中、メールをくださったこと、ありがたく思います。
まだ生後8ヶ月という小さい娘さんが、髄膜炎から脳炎になられ、一時は生死の境をさまよわれる状態だったとのこと、彩花のことと重なり、涙があふれそうになります。
しかし、娘さんは退院されるまでに快復されたとのこと、離乳食も食べられるようになられ、まだまだ快復が期待できると思います。
また、お母様もメールを書こうというお気持ちになられるまでに落ち着いてこられたとのこと、私たちと同じようなお気持ちで過ごされてきたことを思うと他人事とは思えません。
未だ私たちも小さな変化に喜び、些細なことで落ち込みという日々を送っています。
お互い、娘の可能性を信じ、歩んでいければと思います。
さて、ご質問の件ですが、身体障害者手帳には、年齢用件として「おおむね満3歳以降」というしばりがあるようです。
彩花の場合は4歳前の発病でしたので、特に問題にはならなかったのですが、幼くして発病された方の中には、手帳がもらえないという方がいらっしゃいました。
しかし、寝たきりで大変な状態の”今”手帳がもらえないというのは困ったものですよね。
福祉事務所にたとえば、「医師から座位保持装置が必要だと言われている」というようなことなど、手帳を必要とする理由を十分説明されるべきだと思います。
それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたしますと共に、くれぐれもお身体にはお気をつけください。
No.118[インフルエンザ脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
いつも、HPでは、元気付けられています。
やっと、ゆっくりと、落ち着いて、お話が出来る時期になってきたので、メールをしました。
「インフルエンザ脳炎」去年の暮れに、初めて耳にした病名でした。
その時、インフルエンザは怖いと思い、主人、私、息子、家族そろって、予防接種を受けました。
これで私は、「完璧だ」という気持ちになっていたんだと思います。
しかし、今年の1月31日。
悪夢が始まりました。
前日から風邪気味の息子。
前日も、この日も病院へ行きました。
診断は、いつもと同じ、風邪だということでした。
でも、前の日の夜は、熱が高く、何度も目を覚まし、ぐずぐずいっていたことが息子からのサインだったのではと今では思われます。
病院から戻り、機嫌の悪い息子と、ディズニーのビデオを見ていた午後。
急に、息子の体がビックッとしたので、どうしたの?と顔を覗き込むと、斜め上を見つめていました。
最初は痙攣だとわからず、どこを見てんの?と話し掛けました。
しかし、様子がおかしい。
息子の名前を呼び、「大丈夫、お母さんが助けてあげるからね。」と言いましたが、何をどうすればいいのかわからない。
救急車を呼んでもいいものかどうかさえもわかりませんでした。
結局、大家さんに助けてもらい、救急車で、総合病院へ。
転勤して間もないこの地には、親戚も頼れる人もおらず、病院で息子を待っている時間がとても長く、つらかった。
そこの病院では、「インフルエンザ脳炎」の可能性があり、対応しきれないということで、大学病院へ搬送されました。
血液反応でインフルエンザの反応が出たということだったんですが、もしかしたら、これは、予防接種のウイルスが反応している可能性もあるといわれました。
でも、インフルエンザにかかっている患者ばかりの隔離室へ。
息子は、入院していたのにもかかわらず、4日間高熱にうなされて、5日目の朝、痙攣が起きて、「脳炎」と診断されました。
原因は、1ヶ月後に、「インフルエンザ」だということが、検査の結果出ました。
酸素マスク、点滴、そんなことをされて、そこに眠っている子供が、私たちの息子だなんて、信じられませんでした。
本当に悪い夢を見ているとしか言いようがない光景でした。
MRIの結果、左脳がひどく炎症を起こしているとのこと。
涙が止まらず、どうすればいいかわからず、ただ眠っている息子の顔を見ているだけでした。
目を開けても、目が合わずに、反応もない。
今思い出しても、涙が出る光景です。
日が経つにつれ、どんどん目も合うようになってきましたが、私が母親であることすらわからず、ただ、ぐずって泣いていました。
食事も、重湯から始まり、なんとか、飲み込めるようでした。
入院は約3ヶ月でした。
それから、運動面では、赤ちゃんが、つかまり立ちをして、伝い歩きして、、、、という風に徐々に戻ってきて、5ヶ月経った今では、走ったり、ジャンプはまだ出来ませんが、不安定ながらも歩いています。
手の方も、徐々に使えるようになっています。
本当に、運動面では回復が見えるので、喜んでいます。
食事も、介護すれば普通食を、上手に食べることができます。
私のことも、時間が経つにつれ、わかってきたようです。
主人のこともわかっているようです。
しかし、言葉の理解や、言葉を発することが出来ずにいます。
落ち着きもなく、なんでも口にいれて、常に何かを噛んでいる感じです。
表情などは、どんどん良くなってきていると思うのですが、確認することの出来ない部分なのでとても不安です。
リハビリにも月2回、OTに通っています。
おもちゃで遊んだりしていますが、やはり落ち着きがないです。
どのくらい回復するのか、毎日不安でいっぱいです。
今は、年齢が2歳というのもあって、周りから見たら、全然わからないので、外出もそんなに苦ではないのですが、これから先の事を考えると、本当に自分に子育てが出来るのかわかりません。
今は、出来るだけのことを息子にしてあげたいと思っています。
STも受けたいのですが、来年からということで、これでいいのかもわかりません。
他に、良いリハビリなどありましたら、教えてくれませんか?
そして、脳炎になった子供が話すようになったケースはあるのでしょうか?
教えていただけたら幸いです。
支離滅裂な文章で申し訳ございません。
私も、息子もこれからです。
あやかちゃん、ご家族の皆様も、健康に気を付けて、頑張ってください。
[返事]
はじめまして。
このたびは、ようやくお話のできる状態になられたという状況の中で、メールをいただけたこと、ありがたく思います。
インフルエンザの予防接種を受けられたにもかかわらず、息子さんがインフルエンザ脳炎にかかられたとのこと、安心されていた矢先の発病に、そしてその後の経過に、大きな戸惑いと無力感をお感じになられたのではと、お察しします。
私たちも発症当時、足が地に着いていないような、現実を信じられない感覚にとらわれたことを思い出します。
しかし、その後5ヶ月が経過し、運動面の目を見張るような回復、そしてご両親のことが理解できるまでになられたとのこと、まだまだ回復が期待できるように思います。
私たちのHPの「みなさんからの反響」のページのNo.13、46の方は言葉が戻ってこられています。
脳炎ではなく、脳症の方ですが、参考になるのではないでしょうか。
先行きの不安は大きなものがあろうかと思いますが、お書きのとおり、今できることを精一杯していかれればと思います。
それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.119[溺水事故による低酸素脳症の後遺症の息子さんをお持ちのお父さんから]
「インフルエンザ脳症による後遺症を持つ娘と家族のページ(彩花の部屋)」を拝見して、メールさせていただきました。
去る4月26日に、息子(当時4歳2ヵ月)を我々親の不注意によって、自宅浴槽で溺水させてしまいました。
目を離した、わずか5分の間の出来事でした。
呼吸はすぐに回復し、救急車で大学病院に搬送されました。
当初は呼吸停止の時間が、最大でも5分間であることから、後遺症等の心配はないだろうと言われておりましたが、事故後にけいれんを起こしたことも関係したのか、脳浮腫が現れ、「低酸素脳症」と診断されました。
息子は今後どのようになっていくのか、回復させるためにはどんなことをすれば良いのかを知りたくて、低酸素脳症を中心に脳症についての情報を集めました。
その過程で彩花ちゃんのページにたどり着きました。
彩花ちゃんとは、受傷の内容が異なりますが、容態の変化については共通点が多いように感じています。
そこで、何点かご質問させていただきたくメールさせていただいた次第です。
@TRH療法とは、具体的にどのように行われたのでしょうか。
リハビリ施設への入所手続きを進めているところですが、今の病院でTRH治療を実施する先生がいることがわかりました(主治医に質問しても「そんな治療は知らない」と言われていたのですが・・・)。
具体的な治療法はわからないとのことでしたので、その先生に相談したいのですが、主治医は「コンタクトを取ってみる」と言ったきり進展がなく、時間ばかり過ぎていってます。
場合によってはリハビリ施設への入所時期を遅らせることも考えているのですが、治療の進め方がわからない以上、判断がつかずにいます。
彩花ちゃんが受けた治療はどのようにすすめられたのでしょうか?
我々としては、リハビリ施設に入院しながら、TRH治療の時間だけ今の病院に通院させることができたらベストだと考えておりますが、そのようなことが可能な治療法なのでしょうか?
A追視は自然に出来るようになったのでしょうか?
息子の対光反応は完全に正常な状態ではありません。
右目の反応はやや緩慢、左目はそれに比べると早いですが、やはりスピードは遅いです。
ただ、ライトを当てると「まぶしい」と言うので、明暗はわかるようです。
追視はしません。
「目から情報は入っているが、脳が処理できていない」と言われています。
彩花ちゃんと比べると、そろそろ追視が出来てもおかしくないと思うのですが、やはり回復しないのかな、と思いつつあるところです。
B何かアドバイスをいただけないでしょうか。
主治医は殆ど息子に興味を持っておらず、回診も殆ど行われていません。
看護婦を通じてリハビリ施設への入所時期を聞いてくるのみです。
我々も今、何をすれば良いのか、手探りの状況です。
受傷原因は異なってはおりますが、小学校入学が出来るようになった彩花ちゃんの体験等を是非参考にさせていただきたいと思っています。
些細なことでも結構です。
どうか、宜しくお願い致します。
[返事]
はじめまして。
このたびは、不慮の事故で息子さんが低酸素脳症になられてしまったとのこと、親御さんの自責の念は大きいものがあるのではと、お察しします。
さて、ご質問の件ですが、
@TRH療法については、当時のメモを見てみたのですが、残念ながら、あまり詳しく書いておりませんでした。
判る範囲で書いてみますと、TRHとは、甲状腺刺激ホルモンを出させるホルモンです。
このホルモンには、脳を活発にする働きもあります。
注射の名前はヒルトニンといいます。
1週間連続して点滴し、脳波の改善具合をみます。
1週間休止して、改善されていれば、再度1週間点滴します。
副作用としては、名前からお分かりのことと思いますが、甲状腺機能亢進があります。
残念ながら、彩花には目立った効果は現れず、再開することはありませんでした。
このような治療ですので、点滴時のみ現在の病院でということも可能だと思います。
A彩花の事例については、インフルエンザ脳症のまさに1事例であって、同じ病気であっても、回復の仕方はまちまちです。
脳のダメージの部位、大きさによるのではと思っています。
彩花の場合も、目、耳などの感覚器については、異常がないものの、脳が処理できていないと言われていました。
視覚については、最初はどこを見ているか判らない状態でしたが、少しずつ見つめているのではと感じさせる場面が増え、それから追視が始まりました。
息子さんは明暗が分かっておられるようだとのことですので、まだまだ回復の可能性はあると思います。
Bお医者様も急性期は一命をとりとめよう、元通りに回復させようと懸命に治療されますが、そのお医者様の考えるあらん限りの治療をされても元通りに回復が見込めず、後遺症が残るという結果になったとき、そのお医者様の関心の外になるのか、無力感から患者に会うことをためらわせるのか分かりませんが、遠のいてしまわれるお医者さんがいらっしゃいます。
家族としては、先の見えない不安の中で、こういった時こそ、お医者様の的確なアドバイスをいただきたいところなのですが、残念な限りです。
そこで、今の病院に入院しているうちに、一度リハビリ施設に見学、又はお医者様の診察を受けてみられてはいかがでしょうか。
どのようなリハビリが行われているのか、息子さんにはどのような方針が組んでいただけるのかなど、実際に見聞きされると不安が和らいでくるのではと思います。
また、私たちが加入している「頭部外傷や病気による後遺症を持つ若者と家族の会」は、頭部外傷の方が多いものの、低酸素脳症の方もいらっしゃるようです。
私たちでよろしければ、また何なりとおっしゃってください。
それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.120[インフルエンザ脳炎にかかられたご本人から]
はじめまして。
初めてメールを送らせていただく者です。
何度もメールを送ろうかと迷ったのですが、こうして送らせていただきます。
HPを少し拝見しただけなので、詳しい事は私には判りません。
ただ、少し、私の話を聞いてやって頂けないでしょうか。
あやかちゃんと同じように、私もインフルエンザ脳炎にかかった者です。
今から2年と1日前のことでした。
そして、9ヶ月入院して、退院しました。
でも、未だ痙攣には悩まされています。
薬でやっとコントロールできている状態です。
ですが、それ以上に辛いのが、私にはそれ以前の記憶がなくなってしまった事でした。
記憶があれば……そう思ったことは、数知れずあります。
写真を見ても、そこに写っているのは、私であっても私ではありません。
これまで生きてきた人生は何だったのでしょうか。
しかし、この事をずっとつききりで看病にあたってくれた両親や、心配してくれた友人に言う訳にはいきません。
愚痴のようなメールになってしまい、申し訳ありません。
そして、私のような贅沢な悩みを持つ者がメールを送ってもよいものか、それも悩みました。
でも、もう限界でした。
聞いてくださって、ありがとうございました。
お身体、御自愛なさってください。
[返事]
はじめまして。
このたびは、勇気を振り絞ってメールをくださったこと、ありがたく思います。
「贅沢な悩み」とおっしゃっていますが、そんなことはありません。
この病気にかかった人にしか分からない悩み・・・・
そして、それをうち明けられない悩み・・・・
つらいお気持ちでいらっしゃることと思います。
このようなときに、同じ病気にかかられた同年代の方がいらっしゃると、お互いの悩みが話し合えてよいのではと思うのですが・・・
私たちは、同じ経験をしているからこそできる話を、親の会「小さないのち」の集まりの中ですることができ、心の支えになりました。
いただいたメールをHPに掲載することでもしかすると、同じような境遇の方がメールをくださるかもしれません。
それでは、また私たちでよろしければ、お話をお聞かせください。
No.121[EBウイルスによる急性脳症で娘さんを亡くされたお母さんから]
はじめまして
HP読ませていただきました
私の娘はこの8月の終わりにEBウイルスに感染し、その後急性脳症にかかり、亡くなりました。
まだ、1歳8ヶ月でした。
脳症のHPを検索していたら、偶然にこちらのHPにたどりつき、インフルエンザ脳症とはいえ、同じ症状に驚き体験に涙を流しました。
何故、私の娘が・・・こんな目にあうのか、何故、死ななくてはならなかったのか、答えは出ません。
このウイルスは成人した人なら、80%の人が保有するのだそうです。
また、大人でも子供でも関係なく感染し、発症するかしないかも人それぞれだとのことです。
娘の病状を話させてください。
娘は朝方に突然38度の熱を出し、かかりつけの医者に連れて行きました。
ちょっと立ちの悪い夏風邪かな〜位に診断され、抗生剤と解熱の坐薬をもらい帰宅しました。
坐薬が効いたのか、その後熱は下がり一安心したところ、また熱が上がり始めました。
39度を急激に上昇したので心配になり、朝行った病院に電話し、再診を希望しましたが一度診ているので、と断られ翌日も下がらなければ連れて来てくださいとのことでした。
その夜はまったく眠らず、唸ってばかりでした。
坐薬も効きませんでした。
翌日も連れて行き、診断を受け、熱の高いことに心配された医者は血液検査をおこないました。
が、さほど数値には悪い結果が出ず、このまま様子をみましょうとなりました。
翌日の昼前のことです。
突然大声を出したかと思ったら、手足をつっぱり、白目をむいてしまいました。
みるみるうちに顔色は悪くなり、すぐに救急車を呼び、もう一つのかかりつけの大きな病院に搬送しました。
そこではたくさんの検査を行いました。
血液検査、CT、MRI、脳波、レントゲン、エコー、心電図、‥‥結局はっきりしたことはわからずじまいでした。
肝臓と脾臓がすごく腫れている、肝機能が悪くなっている…
そんな説明を受けたような気がします。
2.3週間の入院になります、そのくらいで治るんだ〜と安心した気持ちがありました。
しかし、その後も一向に良くはなりませんでした。
翌日の同じ時間にまたもけいれんがおこり、ナースステーションの横の病室に移されました。
熱が下がらないため、全身を冷やしましたが下がらない…そのうち点滴がはずれていたらしく、別のところからということになりましたが、ずっと冷やしていたせいで体のどこからも点滴をさせなくなっていました。
ひじの内側をメスで切り、直接、管を通すことになりました。
その処置もおわりに近づいた頃またもけいれんがおきました。
ショック症状だそうです。
その後は病室に医者の出入りが激しく、心電図やエコーやらレントゲンやら病室で行われました。
結果前日には出ていなかった肺炎の影がうつされたのです。
こんなにも病気を併発してしまうのが不思議でなりませんでした。
それからは、呼吸が、心拍数が不規則になり、…
病室に入れたのは医者が心臓マッサージをしているときでした。
もうその場の空気が…だめだ…といわれているようでした。
何度名前を叫んでも、何度身体をさすっても、何も反応しなくなっていました。
信じられませんでした…助けてあげれなかった…母
親なのに、助けてあげれなかった…入院3日目のことでした。
このウイルスに対する予防はないそうです。
何とかならないんですかね…世の中、こんなにも医学が発達しているというのに…
長々と書き連ねてしまい申し訳ありません。
皆さんにお返事しているママを読んで、この人なら私の気持ちを聞いてもらえると勝手に解釈し、書いてしまいました。
最後に、これからのあやかちゃんの成長楽しみにまた寄らせて頂きたく思います。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、私達にならとメールを送ってくださったこと、大変ありがたく思います。
まだまだお気持ちの整理がつかず、悲しみにうちひしがれていらっしゃることとお察しします。
参考になるかもしれないと思い、過去のインフルエンザ・脳症の会「小さないのち」の会報に掲載されていた「グリーフケア」に関する記事を添付させていただきました。
メールを拝読しておりますと、ウイルスの種類は違うものの、急性脳症の恐ろしさを改めて感じるとともに、医学は進歩していると申しましても、彩花が発症してから4年、未だに救うことのできないお子さんがいらっしゃること、それも発症からわずか3日間という短期間であることに、何も変わっていないのではないかと残念に思います。
私達のHPは、同じような経験をした者同士の気持ちの分かち合いを大きな目的としていますが、一般の方々にこのような病気があることを知っていただくことも大切なことと思っています。
ぜひ、今回いただいたメールを私達のHPの「みなさんからの反響」のページに掲載させていただきたいのですがよろしいでしょうか。
夏場であっても、EBウイルスによる急性脳症があることを知ってもらうことで、警鐘を鳴らすことができるのではと思います。
お返事いただけるとありがたいです。
私達は、お子さんを亡くされた方のお気持ちに完全に寄り添うことはできないのではないかと思っておりますが、私達でよろしければ、またお気持ちなど、お聞かせください。
それでは、娘さんのご冥福をお祈りいたします。
No.122[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
あやかちゃん、ご家族の皆様、はじめまして。
今年の春も近い日にあやかちゃんと同じ病気になった3歳の息子を持つ母です。
それから度々このHPを見させていただいて、本当に共感し、涙しながら読ませていただいてました。
やっと私自身メールを差し上げる心境になってきたのと、質問させていただきたいことがあってメールを送らせていただきました。
息子は一時は生死を彷徨い、私たち家族は急なこの出来事に奈落の底に突き落とされた感じでした。
ひたすら祈り続けるしかなかった日々でした。
祈りは少しずつ現実となり、今は外見はほとんど前と変わらなくなりましたが、言葉はまだでませんし、歩けません。
でもそれだけで私たちはとても感謝してます。
おしゃべりしてほしい、歩いてほしいなど欲は限りなくありますが、でも壮絶な闘病生活のことを思えば、今家族一緒に食卓を囲めて、一緒に眠れることに尊い幸せを感じています。
現在リハビリ施設に通いながら、そんな風に過ごしていますが、一つ質問させていただいてよろしいでしょうか。
あやかちゃんは発症後から毎年冬が近くなると、インフルエンザの予防接種は受けられているのでしょうか。
10月も近くなり迷っています。
主治医のお医者様に相談したところ、今までインフルエンザ脳症にかかった患者さんでまたなるケースはなかったけど、初めての一人目になる可能性もないとはいえないので、受けていたほうがいいかもといわれました。
もうこの病気には知人も含めて誰一人なってほしくないので、受けたほうがいいのかなと思いますが、よろしければあやかちゃんの場合をお聞かせいただければうれしく思います。
よろしくお願いいたします。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
発症から半年が経過し、今、家族一緒に生活できることを幸せに感じていらっしゃるとのこと、入院生活のことを思うと、ひとつ屋根の下で暮らせるという当たり前のことが、とても幸せに感じますよね。
とは申しましても、まだまだ落ち込まれたりされることもあるのではと、拝察いたしします。
さて、ご質問の件ですが、「厚生労働省などの動き」のページにも掲載しておりますとおり、免疫は長期に持続することが期待できるものの、ウイルスに大きな変異があるとその免疫は全く役に立たないと言われていますので、悩ましいところと思います。
また、予防接種をしていたにもかかわらず、インフルエンザ脳症にかかられた方もいらっしゃいますので、予防接種をすることでどれだけの効果があるのかも、判断が難しいところです。
彩花の場合、主治医と相談したところ、体質的にインフルエンザに弱いのかもしれないので、受けない方がよいのではというお話で、毎年不安にかられながらも、予防接種は受けさせていません。
いずれにしましても、予防接種事故のリスクもありますので、よく主治医の先生とご相談いただければと思います。
それでは、通院、介護とお忙しい日々が続いていらっしゃるとお察しします。
くれぐれもお身体にはお気をつけください。
No.123[低酸素脳症による後遺症のご主人をお持ちの奥さんから]
実は私の主人は心室細動、心停止から低酸素脳症になり半年経った今も意識がありません。
低酸素脳症で探していたらこのホ―ムぺ―ジに出会ったのでメ―ルさせていただきました。
子供でないしインフルエンザではないので迷ったのですが、どうしても御伺いしたいことがあってメ―ル送らせていただきました。
「みなさんからの反響」のところでTRH療法のところが気になって「脳を活発にする働きがあるとのこと」主人の様な低酸素脳症でもやってみる価値はあるのでしょうか。
副作用の甲状腺機能亢進とは具体的にどういう副作用でしょうか。
お忙しい所申しわけありませんがよろしくお願いします。
ちなみに今、主人は正中神経刺激装置という電気治療をしています。
[返事]
はじめまして。
このたびは私たちのHPをご覧になり、大変な状況の中、メールをくださったこと、ありがたく思います。
ご主人が低酸素脳症になられ、半年が経過した今となっても、未だ意識が回復されていらっしゃらないとのこと、一家の大黒柱が倒れられ、この間、言葉には尽くせぬ闘病、看護の日々があったのではとお察しします。
さて、ご質問の件ですが、残念ながら大人の方にも効果があるのかどうかは、説明を受けておりませんでして、はっきりしたことがわかりません。
甲状腺機能亢進症の症状としては、発汗、動悸が著しい、振戦、筋力低下などあるそうです。
私達の場合は、少々の副作用よりもなんとか回復させてやりたいとの思いが強く、治療していただいたのですが、目に見えた効果はありませんでした。
いずれにしましても、十分お医者様とご相談されることをお勧めします。
それでは、ご主人の回復をお祈りいたしております。
No.124[原因不明の急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
あやかちゃんのホームページ、何度も何度も読ませていただきました。
実は、私の4歳の息子も今年の7月、原因不明の脳症にかかり、約3ヶ月の入院のあと、現在は退院し、家で家族と過ごしています。
あやかちゃんのホームページを見た時は、本当にうちの子と似ている状況に驚き、涙がとまらなかったのですが、とても励まされ、希望をいただきました。
目も見えず、なにもわからず、なにもできない状態になってしまった息子でしたが、今は、運動面の回復が進み、知的な面のみが赤ちゃんのような状態のままです。
体が動かせるようになったぶん、いたずら?がはげしく、またなんでも口に入れてしまうため、困ったり、悲しい気持ちになったり…親の気持ちもまだまだ不安定です。
最近は、てんかん発作もみられるようになったりと、またもや不安材料がふえつつありますが、それでもちょぴりたくましくなりつつある自分に、不思議な気持ちになったりもしています。
あやかちゃんの最近のようすはいかがですか?
突然のメールであまり色々なことをうかがうのは失礼かなと思いましたが、あまりにも、あやかちゃんの経過がうちの子と似ていましたので、とても気になりました。
ご両親のことは、もう認識されていらしゃいますか?
言葉のほうは……と……。
でも、あせっても逆に自分が苦しくなるんですよね。
そんな時、あやかちゃんのホームページを見て、励みにさせていただいています!!
今こうしていることが奇跡と、何人もの先生から言われた息子です。
このさきも、きっと奇跡はおきる!と信じていこうと思います。
また色々なことを教えていただけたらと思います。
寒くなってきました。
どうか皆様も、お体を大切に…あやかちゃんが元気に学校へ通えますようにお祈りしています。
[返事]
はじめまして。
息子さんが原因不明の急性脳症になられ、退院後まだ日も浅くお忙しい中、メールをくださったこと、ありがたく思います。
息子さんは、なにもできない状態から、徐々に回復しておられるご様子、まだまだ回復は期待できると思います。
彩花も、インフルエンザ脳症の発症からこの間、少しずつですが回復を続けています。
ただ、知的な面の回復は本当にゆっくりで、未だ生後9ヶ月レベルと言われており、親のことは少しくらいは分かっているかもしれませんが、言葉もまだありません。
未だに口に何でもいれようとしており、これは相変わらず悩みのひとつです。
息子さんにてんかん発作が見られるようになったとのこと、気がかりですね。
しかし、そのような中でも、冷静にたくましくなっている自分にお気づきになられているなんて、当時の私達なら、とてもそこまで思いが及ばなかったように思います。
これから、息子さんを育てていくにあたっても、そのたくましさで乗り越えていかなければならないことがあるかもしれません。
後遺症を持つ我が子のため、ともに歩んでいきましょう。
それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたしております。
No.125[ウイルス性の急性脳炎脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]
うちの長男は平成8年8月25日2歳5ヶ月の時、生まれて2回目の熱性痙攣を起こし、救急車ではこばれました。
でも、ただの熱性痙攣とのことで、悪寒でぶるぶるしている息子をかかえかえりました。
が、夜中に起きた息子は自分の口にストローが運べなくなっていました。
驚いて、救急病院の時間外へ。
でもなぜか病院に着いたころには症状は落ち着き上手に手を使っていました。
が、小児科の先生が「とりあえず入院して様子を見ましょう」とおっしゃったのでその夜入院しました。
が、熱はあるものの脳波もCTもすぐ調べましたが、異常なしの診断でした。
次の朝、普通に起きた息子は、自分でスプーンをにぎりご飯をたべました。
でも、昼からずっと寝てました。
次の朝、彼は目覚めませんでした。
一日中寝てました。
夕方ころ、大好きだった唯一口にしていたポテチを渡すと点滴の支えの板の方をかじってました。
夜、ふと気がつくと息子は目をあけて寝転んでいました。
ん?と声をかけても返事はあまりなく、彼はまた寝てしまいました。
今思うと彼の目はずっと右の方だけを見ていたように思います。
次の朝、変な音でめざめた私は息子が痙攣しているのを見つけました。
あわてて看護婦さんを呼び、パパに電話をかけ、でもその後もずっと痙攣し続けました。
それで、昼からまた再検査することになりました。
検査の結果、何かわからないウイルスによる脳炎脳症だろうといわれ、治療にはいりました。
そしてきょうが峠だと…。
その後も何度か痙攣しました。
パパが駆けつけ、「おかえり」と言おうとしたら痙攣したり、わたしが「本読む?」と聞いて嬉しそうな顔になったと想ったら痙攣したり…。
最後の痙攣は泡をふき真っ青の顔になりほんとにもう、一緒に遊べないのかと…。
あの晩のことは忘れられません。
私の母が来てくれていて、4ヶ月の妊婦だった私は眠るようにパパと母にいわれましたが、目を閉じても寝れません。
寝てしまうと息子が「さよなら」って言う夢みたらどうしようなどといろんな想いがあたまの中をかけまわり、朝まで眠れませんでした。
次の朝、息子はじたばた自分で起きあがろうともがいていました。
でも、起きれないのです。
それでも病気は進んでいました。
意識はまた闇の中にはいってしまいました。
ご飯も食べれないし、動きもしない。
そんな日が2〜3日続きました。
ある朝、めざめた息子に「何の音?」とベットの柵をたたきながら声をかけると、にたーっと笑い「何の音?」と反応が返ってきたのです。
母と顔をあわせ、言葉もなくにんまりしたあの朝はうれしくてうれしくて。
そして、「○○君がわらった」と看護婦さんや先生が覗きにきてくれました。
でも息子は首もすわってなくて生まれたての赤ちゃんと一緒でした。
ところが日に日に首がすわり腰がすわり、赤ちゃんが成長するように息子は回復していきました。
腰がすわったころ息子はリハビリをはじめました。
でも、ほしいものに手が出て行かないのです。
大好きだった本をほれほれとさしだしてみてもやっぱり、ぽーっとみているだけでした。
2週間後、妹が「兄ちゃんってドラエモンの歌って歌えるの?」
「?」
「今全部歌ったけど」
「生まれてはじめてだぁ」
これも看護婦さんや先生たちみんなに聞いてもらいました。
入院から1ヶ月ちょっとの10月5日息子は退院しました。
病院が近いせいもあり、通院することに。
妊婦の私は歩けない息子を抱いたりベビーカーにのせたりしながら診察やら、リハビリに通いました。
先生に「10年かっかって歩けるようになった子もいるし、がんばって」といわれましたが、無事に10月の終わりには歩けるようになりました。
自宅の廊下で立ち上がる練習をしたり、歩く練習をしたり、あの時の嬉しそうな息子の顔は忘れられないです。
とはいえ、できない事ばかりです。
幼稚園も普通に行きましたし、他の子と同じように運動会も出来たし、鼓笛もそれなりに…。
でも風邪ひくとすごく親が敏感になってしまって、いっぱい休みました。
でもうまくボタンができなかったり、食べ方がすごーく汚かったり、絵や字が全然かけなかったりしました。
そして、小学校も。
算数なんて論外。
字はよめて書けるけど、人に読める字がなかなかかけない。
絵も「ん・・・・」ってものになってしまいます。
甘やかしてしまったせいなのかそれとも病気のせいなのか。
脳に障害は残っています。
MRIをみると見たものを判断するところと、聞いたものを判断するところと、細かい作業をするところがやられてしまっていると。
人ってやっぱりわがままな生き物で、命だけ助かればいいとおもっていたのに、助かってみれば欲がでて、ほかの子たちとおなじように学び遊んでほしいと思ってしまうものなんですね。
息子が病気をして、私の人生観は変わりました。
息子が教えてくれたものなんだとおもいます。
それまでも別に障害を持った人に対して、偏見こそないにしろ自分と違う世界の出来事だったのに、いまでは自分の世界のことになってしまいました。
とはいえ見た目、何もわからない我が息子はリハビリにいくと、うるさいだけのわがまま坊やになってしまいます。
うちのまわりは同じ年の子供たちでいっぱいです。
この環境が彼にとってはきっとよかったんですね、しげきになって。
だから、病院から外泊してかえると先生が「あれ?」っていうことがいっぱいでした。
こどもにはこどもが一番!!
けんかしても、なにしても、きっと子供どうしが一番刺激をうけるのですね。
それに歩けなくてなにかできなくても、近所のお母さんたちも、ただじゃ助けてくれないんです。
「自分でやってごらん」ってそれがかれにとってよかったんだとおもいます。
でも、まだまだこれからです。
出来ないことはいっぱいです。
弟たちに手伝ってもらっていろんな事してるけど、一生面倒みてもらえるわけじゃあないんだから。
がんばれがんばれです。
あきらめないこと。
昔、そんなうたありましたね。
お互いにがんばりましょう。
子供も親も。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
身重な状態で精神的にも不安定になりやすい時期に、息子さんがウイルスによる脳炎脳症にかかられたとのこと、当時は、大きな衝撃を受けられたこととお察しします。
しかし、その後の回復ぶりには目を見張るものがありますね。
特に、言葉を取り戻される様子は劇的ですね。
彩花は、まだ言葉を発することはありませんが、いつか息子さんのように突然、言葉を取り戻してくれないかなと夢のようなことを考えてしまいます。
息子さんは、普通学級で勉強されているのですか?
同じ年のお子さんがご近所にたくさんいらっしゃることは、うらやましい限りです。
ご家庭で、幼稚園、そして小学校で、たくさんの刺激を受けていらっしゃるのでしょうね。
これからも刺激をいっぱい吸収して、成長されることを祈っております。
それでは、お互い、あきらめず、我が子のため、歩んでいきましょう。
No.126[13歳の娘さんから]
私は13歳です。
インフルエンザがそんなに恐ろしい病気とは知りませんでした。
私はインフルエンザになったことがあるけど、熱が上がって下がった程度です。
こんななにも関係の無い人がきてごめんなさい。
でも障害があっても本当に生きててよかったですね。
子供が亡くなった両親の方々の話しを読んでいると本当に目がうるんできます。
いくら障害があっても生きていただけでありがたかったのではないでしょうか。
でもあやかちゃんは赤ちゃんから逆戻りだったと思うけど、色々な事が出来たと思います。
そこまであやかちゃんを育ててきた両親を尊敬します。
あやかちゃんが大人になったら世界の人達はみんな心があたたかいんだよって伝えてください。
そしたらあやかちゃんも気楽に障害が残ってたとしてもその事をきにせずに生きていけるからです。
こんな偉そうな事を言って本当にごめんなさい。
でも私はずっと応援しています。
もしよければメールをいただけたらと思います。
[返事]
はじめまして。
彩花の父です。
今回は、メールをくれてありがとう。
インフルエンザで脳炎・脳症になる人はごくわずかですが、もし発症するとあっという間に病状が悪化する恐ろしい病気です。
このことを、知ってもらいたいという気持ちもあって、このホームページを立ち上げました。
また、障害のある子供達への理解は、ずいぶん変わってきていると感じますが、まだまだ進んでいないように思います。
そのような中、応援してくれる人がいるということは、とても心強いです。
彩花が大人になった時、心暖かい人たちばかりに囲まれていたら、どんなにうれしいことでしょう。
今、こちらの地域では、夏休み期間中にサマーホリデーサービス事業といって、障害のある子供達の余暇活動を手助けする事業があるのですが、毎年、中学生から大人まで多くのボランティアの力をいただいています。
興味があれば、このような地域のボランティア活動にも参加してみてはいかがでしょうか。
寒さも厳しくなり、インフルエンザがはやり始める季節です。
身体には気をつけてください。
では。
No.127[急性脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]
はじめまして。
このようなHPをみて手紙を書くのは、はじめてなのでちゃんと書けるか心配だったのですが、今の私の心境をみなさんにきいていただきたくメールしてしまいました。
私の娘現在一歳二ヶ月も一ヶ月前めちゃくちゃ機嫌がよくいつもどおりふつうに寝たのに夜中に急に吐き痙攣をおこし、救急車で運ばれました。
長い痙攣と検査の結果急性脳症と診断されました。
今は退院して、泣く、あやすと笑う、少しだけなんごらしきものをいいます。
主治医は脳の中は難しいのでどこまで回復するかわからない。
でも突然又出来ることもあるといってくれてます。
早く私のこと又覚えて早く又発症する前の娘がみたい。
でもどれくらいかかるんだろうとか考えて不安な気持ちになります。
主人は仕事が忙しいし孤独なきもちになってしまったりして弱虫の私はよく泣きます。
脳症ってむかつきますよね。
なんでかわいい子供が病気して辛い目にあわないといけないのか。
病気なんかいらないよって毎日思ってます。
かわいい娘のために今日もがんばります。
なんか書いたら少し落ち着きました。
[返事]
はじめまして。
このたびは、私達のHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。
娘さんが急性脳症にかかられ、退院されたものの、先の見えない不安に押しつぶされそうになりながら過ごしていらっしゃることと拝察いたします。
私達も彩花を襲ったインフルエンザ脳症という病気をうらめしくて思っています。
そして、いまだに急性脳症を発症されるお子さんがいらっしゃることが無念でなりません。
これまで、多くの親御さんからメールをいただいていますが、後遺症もなく回復された方もいらっしゃいますし、もう5年近くになりますが後遺症の残っている彩花のような場合もあります。
娘さんはなんごが出始めていらっしゃるとのこと、少しずつ回復されているようですね。
娘さん自身の力を信じ、歩んでいきましょう。
私達も同じ後遺症のお子さんを持つ方と知り合うまでは、孤独感を感じていました。
同じ病気にかかった子供を持つ者同士、お力になれることがあるかもしれません。
何なりとおっしゃってください。
また、インフルエンザ・脳症の会「小さないのち」はインフルエンザに限らず、急性脳症のお子さんをお持ちの親御さんが多く加入しています。
私達のHPの「患者会などの情報」のページから「小さないのち」のHPにリンクしていますので、よろしければ、ご覧ください。
それでは、発症から日も浅く、身体的にも、精神的にも大変な時期とは思いますが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。