2000年12月

No.61[ウイルス性脳炎による後遺症の息子さんを持つお母さんから]

 初めまして、風邪の季節が参りました。

 彩花ちゃんは、お元気ですか?

 私は、13年前にウィルス性脳炎にかかった息子を持つ母親です。

 息子は、今年20歳となりました。

 13年前の、ちょうど今頃、彼は、意識不明で病院のベッドでたくさんの管につながれていました。

 医者には、「このお子さんの生きる力があるかどうかにかかっている」と言われていました。

 そして、彼の生きる力が、病気にうち勝ったのです。

 しかし、本当の彼の闘いは、退院してからでした。

 彼は、「みなさんからの反響」ページにありましたbR9のお嬢さまと同様、病気にかかる前の自分のイメージと、現実の自分との差に苦しみ続けていました。

 以前は、彼を頼りにしていた友達が、彼をクラスの「お荷物」扱いすることに腹を立て、悲しい思いをしていました。

 さらに、漢字の見分けがつきにくくなったり、新しいことが覚えにくくなったり、他人の状況を察することができなくなったり・・・・など、学校生活では「困ること」が、次々と出てきて、彼の混乱はいっそう深くなっていきました。

 しかし今、彼は、たくさんの悲しさと悔しさを心に抱えながら、自分の人生を生きようと、定時制高校に通っています。

 彼は、13年前、ある大学の付属病院で治療を受けました。

 その病院でも、「ウィルス性脳炎にかかる子どもは、2年に一度くらい、」といわれ、何をどうすればよいのか分からないまま退院し、病気に関する情報も、養育のしかたの手がかりもなく、手探りでこれまでやってきました。

 こんな彼の経験が、どなたかのお役に立てばと思い、メールしました。

 寒い季節です。

 彩花ちゃんも、ご家族のみなさまも、お健やかにお過ごしくださいますように、念じております。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 20歳になる息子さんをお持ちとのこと、これまでの息子さんの心の葛藤、そしてその成長を見守ってこられたお母さんのお悩み、一口で13年と片づけられない重みを感じました。

 しかし、今定時制高校に通っておられるのですね。

 この高校生活をステップに、息子さんの生活が充実されますことをお祈りいたします。

 お母さんもお書きになっていらっしゃいますが、息子さんのご体験は、きっとお役に立つ方がいらっしゃると思います。

 彩花は、大きく体調を崩すことなく、なんとか小学1年生の2学期も修了できそうです。

 私たち一家も20歳までには、まだまだ先は長いですので、アドバイスなどいただけるとありがたいです。

 それでは、ご一家も、お身体にはお気をつけください。


No.62[インフルエンザ脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 はじめてお便りします。

 HPすべて読ませて頂きました。

 私には、今年1月8日にインフルエンザ脳症になり、重度障害を残してしまった5歳の娘がいます。

 H7.12/18生まれの娘は、保育園の年少に通う元気で、明るく、おしゃべりな子供でした。

 その日の夕方、鼻水と38度程度の熱で、市立病院の救急へ連れていきました。

 2時間も待たされている間に、40.5度になってしまい、念の為入院させました。

 もうろうとは してたものの、意識は はっきりしてましたが、以前、急性小脳失調症という病気を2回したことがあり、主治医もそれが頭にあったようです。

 その夜から、2日意識がなく寝たきりでした。

 3日目くらいから、泣き出し手足も動きだしたので、目も開けてくれるだろうと思っていた時、脳波に、徐波がでて、脳炎をおこしている事が、わかりました。

 発症後、2,3日は、CT,MRIに変化は見られないんですよね。

 うちの場合、痙攣もなく、呼吸もしっかりしていたので、先生方も、なぜ目があかないのか、首をかしげていたくらいでした。

 当然、私たちもすぐに帰れるだろう、と確信していました。

 でも、痛い時や触ったりすると、大声で泣き叫ぶことはあっても、目は開かず、睡眠薬が増える一方でした。

 3週間たった頃、この状態が固定されるだろう・・・と衝撃的な話を聞かされ、初めてインフルエンザ脳症の恐ろしさを体験しました。

 その後、私たちの強い希望で東京女子医大へ転院しました。

 うちは、静岡なので2歳の長男と離れて暮らす事が気がかりでした。

 結局、ひととおりの検査の結果、目は見えてないこと、耳も聞こえてないこと、初見より、重傷だという次々と信じられない事実を打ち明けられ、先が見えない不安な日が続きました。

 3月末に、退院したときは、とても不安でしたが、長男にも会いたかったし、家へ帰れば、もしかしたらいい方向へ回復してくれるかもしれないとわずかな希望もあったんですが、その頃から大暴れがいっそうひどくなり、昼夜かまわず泣き叫ぶ娘を前に、途方にくれていた頃ちいさないのちの会を知り、諸星さん(インフルエンザ・脳症親の会「小さないのち」の関東窓口の方)から同じような体験を聞くことができました。

 「まだ これから変化があります、あきらめないで・・・」と励まされ、やっと落ち着いた目で娘と向き合うことができました。

 もちろん入会し、毎月会報を読ませて頂いてます。

 今回、みなさんからの反響のなかにゆっくり進行したケースの方を見つけ、同じかな?と思いました。

 できれば、もう少し詳しいお話を伺いたいのですが・・・

 今の娘の状態ですが、感情がすごくでてきて、声をだして笑ったり、涙を流しながらべそをかいたりします。

 緊張は ほとんどなくなり、顔もおだやかになりました。

 まだ首がすわらず、カーシートにやっと座れるようになった程度です。

 目や耳の機能も回復してきて、目があうとニコニコ笑ってくれます。

 ごっくんの練習もはじめたばかりです。

 ただ夜は睡眠薬なしでは眠れません。

 これからも、ゆっくりとこの子のペースでもっともっと回復してくれることを信じています。

 長くなってしまい、ご無礼をお許しください。

 また、お便りさせてください。

 「返事」

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 娘さんがインフルエンザ脳症になられてから、まだ1年が経っておられないとのこと、先の見えない不安に押しつぶされそうな思いで、日々を過ごしていらっしゃるのではと、お察しします。

 彩花の場合も、当初はCTやMRIでは、異常は見られなかったのですが、脳波の異常が2日目に現れ、転院してほしいと告げられました。

 この時初めて、ことの重大さに気づいたように思います。

 ゆっくりした経過の方との情報交換を希望されていますが、「みなさんからの反響」のページの何番の方でしょうか。

 申し訳ありませんが、番号を付していますので、その番号でお教えいただけるとありがたいです。

 当方からその番号の方に打診させていただきます。

 まもなく、発病から1年を迎えられますが、ずいぶん良くなってこられたようですね。

 我が子の笑顔が見られることは、うれしいですね。

 更なる快復をお祈りせずにはいられません。

 それでは、お母さんが倒れられては大変です。

 くれぐれもお身体にはお気をつけください。


No.63[急性脳症による後遺症の娘さんを持つお父さんから]

 とつぜんのメールで失礼します。

 たまたま彩花ちゃんのホームページを見させていただき、数年前の気持ちが悲しいくらいあざやかによみがえり、どうしてもお手紙を書きたくなりました。

 私たちの二女は、急性脳症の後遺症があります。

 今は10歳になり地元の小学校の特学に通っています。

 発症したのは2歳の時なので、もう8年も前になります。

 彩花ちゃんとおなじように、記憶、感情、言葉、全て失いました。

 本当に、何もわからない世界に突然突き落とされたようで、何をみても涙がでました。

 もうもとの娘には戻らない、と知らされた時の気持ちは言葉にはなりませんでした。

 知的にも身体的にもかなり重い障害が残る、といわれましたが、予想を越える回復ぶりをみせてくれました。

 走り、笑い、話し、泣き、日々私たちを元気づけてくれます。

 またメールを送らせていただいていいですか?

 では、突然失礼いたしました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたこと、ありがたく思います。

 娘さんが急性脳症にかかられ、8年も経とうとされていらっしゃるとのこと、私たちはまもなく3年が経とうとしている状況で、とてもその間の親御さんの苦悩は想像することができません。

 しかし、娘さんはずいぶん回復されたご様子、娘さんはもとより、親御さんのご努力があってのことなのでしょうね。

 彩花も地元の小学校の障害児学級に通っていますので、情報交換など、させていただければと思います。

 それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたします。

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2001年1月

No.64[ヘルペス脳炎による後遺症のお父様を持つ娘さんから]

 はじめてHP拝見しました。

 ヘルペス脳炎の後遺症を検索していたら見つけました。

 私はヘルペス脳炎と言う病気を父がかかるまでこの病気を知りませんでした。

 HPでいろいろな方々のメールを見て脳炎という病気の怖さを感じました。

 父は平成12年2月に風邪の様な症状で始まりました。

 発熱・頭痛・吐き気・めまいがひどく、近くの病院に入院しました。

 血圧も高く、インフィルエンザではないかということでした。

 2−3日すると、痴呆の様な行動が頻繁になり、騒いだり、暴れたりした為、心療内科がある病院に転院しました。

 ここに来たとたんおとなしくなり、いつも寝ていました。

 だけどこの時は昏睡状態だったんです。

 MRIをとって脳炎ではないかと・・・・

 設備の整った救急センターで初めてヘルペス脳炎と言う病名・・・

 1週間も病名もわからず苦しいおもいをさせてしまいました。

 ICUでの治療、奇跡的に一命をとりとめました。

 重度後遺症・・・ 家族の顔もわからない・・・ どこにいるかわからない・・・ だけど仕事の事は忘れないでいます・・・ 倒れる前会社をおこし、これからという時に仕事人間でしたから・・・ ここにきて脳梗塞を併発しています。

 誰かに聞いてほしくて書いてしまいました。

 看病頑張ります!!

 長々とすいませんでした。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 お父様がヘルペス脳炎で倒れられたとのこと、この1年もの間、看病と先の見えない不安に押しつぶされそうな思いでいらっしゃったのではないかと、お察しします。

 私たちの娘は何もかも忘れてしまい、間もなく発病から3年が経とうとしますが、今だに娘には無表情なまなざしを投げかけられて、悲しくなります。

 しかし、お父様は仕事の記憶はとどめていらっしゃるとのこと、まだ何か可能性を秘めていらっしゃるのでは、そう感じられます。

 可能性を信じ、共に歩ませていただければと、思っておりますので、私たちでよろしければ、また近況などお聞かせください。

 また、HP中の「みなさんからの反響」のページで、情報交換をされたいような方がいらっしゃるようでしたら、おっしゃってください。

 それでは、日々の看病でお疲れのことと思いますが、寒さも続いておりますので、くれぐれもお身体にはお気をつけください。


No.65[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんを持つお母さんから]

 HP読ませていただきました。

 我が家は、息子一人、娘一人、主人、私の四人家族です。

 息子がこの病気にかかったのは13年前です。

 3歳の誕生日を目前にした昭和63年の12月31日の午前3時頃でした。

 急にギャーという奇声を発したかと思うと痙攣が起こりました。

 時間にして5分くらいの痙攣が1回、治まったかと思うとまたしても痙攣。

 とても長く感じました。

 朝まで待って近所の総合病院へ。

 年末だったので若い研修医しかおらず、簡単な診察で「かぜですね」の一言。

 薬をもらって帰宅しました。

 息子は生まれたときは未熟児でしたがその後はふつうのお子さんと変わりなく大きくなり元気いっぱいの子供でした。

 今思えば変化が見られたのは2歳で実施される3種混合の予防接種のあと1ヶ月たった頃からかぜをひくと熱性痙攣をおこすようになり、お医者様に相談しても「予防接種は関係ないでしょう」のひとこと。

 親も軽く考えて暮れの寒い時期に主人の実家に里帰りしました。

 12月30日のことです。

 最初に戻ります。

 風邪薬をもらって帰宅後、夕方頃になっても熱が39度から下がらず、それでも熱が下がれば良くなると思いこみ自宅で過ごしていました。

 しかしいっこうに良くなるようすが見られませんでした。

 むしろ悪くなる一方です。

 新年になっても状態はよくなりません。

 うわごとを言いはじめ目は上を向き、おしっこも自分でする事ができない、というか感覚がなくなっていました。

 お漏らし状態です。

 あまりにもおかしいのでもう一度病院へ。

 小児科の医長が診察。

 即入院。

 その日から3ヶ月間の入院生活が始まりました。

 いろいろな検査をしたにもかかわらず、原因は見つかりませんでした。

 息子も夜寝ない、サークルベッドに体当たりをしたり頭をこんこんぶつけたり無意識にやっていたようです。

 本人がいちばんくるしかったとおもいます。

 改善の様子も見られず3ヶ月が過ぎ、転院をしました。

 県立こども医療センターにうつりました。

 診察の結果「急性脳症後遺症」との事でした。

 痙攣はこの病気になったとき以外おこさずにいますが、痙攣ではない発作がでてきました。

 驚愕発作、欠神発作、・・・・・・。

 昨年の今日、1月26日夕方、自宅の階段で欠神発作を起こし、意識がない状態で階段から転落してしまいました。

 幸い大きなけがも、頭の方にも異常なくすみほっとしました。

 その後も親の不注意で目を離したすきに二階に上ってしまい、またしても転落。このときはさすがにあせりました

 その後はこのようなことはなくなりましたが、本当に神経が休まらない毎日を過ごしています。

 昨年ニユースでインフルエンザ脳症の事を見ました。

 あまりにも息子の病気の状態とにていたので病院の医師に質問しました。

 そうしたら「インフルエンザ脳症の症状だったね」「現在は検査で細かいところまでわかるけど、子供さんが発症された時期にはわからなかったかもしれない」と言われました。

 いろいろありましたが、この病気にかかって13年家族で戦っています。

 現在息子は15歳になりました。

 小学1年から養護学校に通っていますが、今年は同じ養護学校の高等部に入学になります。

 発病して1年半位は車椅子の生活でしたが、養護学校へ入学する頃には自分で歩いて通えるようになりました。

 話をしたり、自分で食事をすることはできませんが、こちらの話していることはよくわかっています。

 いやなことを言われたり、自分がやりたくないときにはものすごい勢いで怒ります。

 自己表現がものすごいです。

 15歳で170センチありますから私よりも大きいのです。

 しかし負けていられません。

 元気でいてくれることがなによりです。

 たわいもないことを長々と書いてしまいました。

 またメール書きます。

 彩花ちゃん、ご両親がんばってください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、励ましのメールをくださったこと、とても勇気づけられました。

 13年もの間、息子さんの後遺症と闘ってこられたとのこと、私たちには想像することができない数多くの苦労を重ねていらっしゃったのではとお察しします。

 彩花は現在、地域の小学校の障害児学級の1年生ですが、からだはどんどん大きくなるものの、知的なレベルはまだ赤ちゃんの状態です。

 これから先のことを考えると、親の体力がいつまで続くかなと不安です。

 しかし、「負けてはいられない」との思いで、生活を続けていらっしゃるお母さんのお話をうかがい、力をいただけました。

 また、悩み事が出てきましたときには、相談にのっていただけるとありがたいです。

 寒さも厳しい折から、お身体にはお気をつけください。

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2001年2月

No.66[急性脳症による後遺症の娘さんを持つお母さんから]

 はじめまして、今年は雪が多く寒いような気がしますが、あやかちゃんは風邪などひいていませんか?

 HPを読ませて頂きました。

 とても、熱心に勉強をしていらっしゃるのですね。

 そして、あやかちゃんを大切に、温かく育てていらっしゃることがよくわかります。

 また、寄せられるメールに対して丁寧に心のこもったご返事を送ることは、なかなかまねのできることではありません。

 そんな素敵な御両親に育ててもらっているあやかちゃんは、たとえ重い障害を負ってしまいましたが、幸せだと思います。

 ごめんなさい。

 分ったようなことを 申し上げて。

 お気持ちを損ねてしまったら、お許し下さいね。

 私には3人の子供がいます。

 実は、2番目の子が4年前の丁度今ごろ、急性脳症により寝たきりの重い障害を負ってしまいました。

 家の子の場合、髄液を調べても全くきれいで原因が判りませんでした。

 脳が腫れCTを見ても分からないひどいものでした。

 後に小児神経の先生に伺ったところ、このように寝たきりになるか、別の形(多分、助からない)になっていたと言われました。

 あやかちゃんの発症からの様子を読ませて頂いてそっくりなので思わず泣いてしまいました。

 ダメージが大きかったのでしょう、脳波は平坦で、痙攣はない?ものの緊張がとても強い子になってしまいました。

 常に汗をかいて、氷枕、アイスノンが放せませんでした。

 やっと、笑顔を見せてくれるようになったのですが、2次障害により気管が狭窄し、気管切開をいたしました。

 一時は息を止めたり、酸素飽和度が30、40と下がってしまい自宅での介護は難しいかとは言われましたが、何とか退院して、今、自宅で過ごしています。

 酸素飽和度を計る器械を常に付け、必要な時に酸素が使用できるようにお借りしてあります。

 4年経った今でも、脳波は相変わらず平坦ですが、感情は脳波には出ないそうなので少しばかり希望はもっています。

 しかし、気管切開をしてしまったので、離れることができません。

 他の姉妹の行事、病院関係、家事等で余裕がありません。

 正直言って大変です。

 前向きに過ごしていたのですが、落ち込んでいたところです。

 そんな時、坂下さんの本を読ませて頂き、あやかちやんのことを知りました。

 私たちと同じ境遇の方たちがたくさんいたのですね。

 新聞やテレビで報道され、連絡を取ってみたいとおもいつつきっかけがなくそのままになっていました。

 皆さんのメールを読ませて頂いて少しばかりの経験をお役に立てればと思います。

 オムツに関して相談された方がいらっしゃいましたが・・・・都道府県、各市町村によって違うようです。

 福祉課の方たちも忙しいのでしょう。

 こちらから働きかけて初めてうごいてくれる。

 正直言って、勉強不足です。

 障害を持たれているご家族の方たちのほうが詳しいかもしれません。

 だからと言って諦めないで遠慮せずどんどん声を出したほうがよいと思います。

 その方がお互いに勉強になると思うのです。

 学校に関しても最終的にはご両親の意見が取り入れられるようです。

 その時、理解のある校長先生に恵まれればよいようです。

 いずれも、絶対に、ご両親揃って訴えたほうが良いと聞いています。

 特に男の方がいたほうが良いと多くの方(経験者)に聞いております。

 家の子は、今、養護学校の訪問学級に属し、週3回先生に来て頂いています。

 とても熱心な先生で、たくさんの情報を取りいただいており、とても、感謝しています。

 しかし、今でも、果たしてこれで良かったのか考える時もあるのです。

 地元の学校に無理をしてでもあげるべきだったのではないのか、と。

 障害が重いからといって諦めないほうがよかったのではないのか、と。

 各学校に障害に応じたクラスがあれば皆が悩むことがないのに。

 子供たちが自然に学べ、当たり前のように手が出たり、声を掛け合える学習だと思うのです。

 長くなり申し訳ありません。

 これからも、時々、メールを送らせていただいてもよろしいでしょうか? お節介だから嫌われてしまうかもしれませんが。

 少しばかり元気になりました。 ありがとうございます。

 寒い日がまだ続きそうですが、どうか皆様お体大切に。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことうれしく思います。

 お子さんが急性脳症から寝たきりの状態になられたとのこと、また現在気管切開をされ日々の介護やその他の家事に追われていらっしゃるとのこと、心休まることのない日々をお過ごしなのではとお察しします。

 そのような中で、ご経験からアドバイスをいただけたこと、大変ありがたく思います。

 インフルエンザ・脳症親の会「小さないのち」は、お子さんを亡くされた親御さんと後遺症のお子さんを持つ親御さんの両方が会員になれるのですが、最近、後遺症のお子さんを持つ親向けの会報が発行されるようになりました。

 その中で、会員さんからの投稿がいくつかあり、紙おむつについての情報交換がされるようになってきました。

 本当に市町村によって対応も違えば、自己負担の限度額や購入方法なども異なり、驚かされます。

 子供を守るのは親しかいないとの思いで、福祉制度についても勉強しないといけませんね。

 学校のことについても同感です。

 体の弱い障害児がどうして遠方の養護学校に通わなければいけないのでしょうか。(確かに今通っておられる「訪問」の制度もありますが)

 現在、彩花は地域の小学校の障害児学級に通っていますが、養護学校で得られるような情報はあまり得ることができず、こちらはこちらで、果たして今のままでよいのだろうかと悩んでしまうことがあります。

 地域の学校で、かつ十分な配慮を受けながら学習ができる、そのような環境が整ってくれることを願っています。

 それでは、日々お疲れのこととは思いますが、くれぐれも体調を崩されませんようお祈りいたします。

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2001年3月

No.67[薬の副作用が原因の急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 こんにちは。

 HPを読ませていただきました。

 一昨年の12月に「小さないのち」に入会しました。

 とても素敵なHPですね。

 じっくりと読ませていただきました。

 ご両親の頑張っておられる姿に、とても勇気づけられました。

 それに、同じような体験をされた方からのメールの多いことにとても驚いています。

 仲間はたくさんいるんですね。

 私もその仲間の一人に加えてくださいね。

 これからも時々HPにおじゃまします。

 どうぞよろしく。

 「小さないのち」の季節号「夏号」「冬号」は読まれましたでしょうか?

 「夏号」は諸星さん(「小さないのち」関東窓口の方)が編集をされ、それを私がワープロで仕上げました。

 「冬号」は私の都合でお手伝いが出来なくて、諸星さんが全て一人で仕上げてくださいました。

 その「冬号」には私の手記が掲載されています。

 手記を読んでくださっているとの前提でこのメールを書いています。

 もし読まれてなければ、知らせてください。

 詳しい経過など、改めてお知らせしますので。。。

 あやかちゃんとうちの次男は同級生ですね。

 次男は今年1月で7歳になりました。

 発症は1歳9か月でした。

 もう、あれから5年と4か月が経ちました。

 次男は毎日楽しそうに学校へ行っています。

 体も随分丈夫になりました。

 最近は自我が激しくなり、泣いたり、怒ったり、賑やかな毎日です。

 あやかちゃんはどうですか?

 3月とはいえ、まだまだ寒いですね。風邪などひいてませんか?

 気をつけて下さいね。

 ではまたメール送ります。

 どうぞよろしくお願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことうれしく思います。

 季節号ですが、もちろん拝読しています。

 お手伝いができていないことを心苦しく思ってもおります。

 就学指導のこと、入学後の周囲の子供たちのことなど、よく似ているなと感じながら、読ませていただきました。

 また、「健常児と一緒に」との思いには共感せずにはおられませんでした。

 これからも情報交換などさせていただければと思っております。

 彩花の方は知的レベルが生後9ヶ月レベルと言われており、まだまだ赤ちゃんのような状態ですが、学校は楽しいところのようです。

 周りのお友だちから、たくさんの刺激を受け取って、成長していってくれることを願っているところです。

 それでは、くれぐれもお身体にはお気をつけください。

[同じお母さんから]

 こんにちは。

 お返事ありがとうございました。

 1つ付け加えていただきたいことがあります。

 実は次男の「急性脳症」の原因は、喘息の薬「テオドール」の副作用なのです。

 もともと喘息はなかったのですが、当時、風邪をこじらせ「ゼロゼロがひどい」ということで、「テオドール」が処方されました。

 そして処方された日の夜、次の日の朝、夜、と計3回服用した後で、けいれん重積発作は起きました。

 「テオドール」は小さい子や、発熱などで体力が消耗している時などは、血中濃度が高くなりやすく、とても危険なのです。

 もちろん、その時はそんなことも知りませんでしたが・・・

 そして医師から、「テオドールが原因と思われる」と言われたので、私たちは厚生省の医薬品機構という、薬の副作用で健康被害を受けた人を救済するところに「障害児養育年金」を申請しました。

 診断書や投薬証明書などを提出するのですが、すると、それがほんとうに薬害によるものか、というのを厚生省のほうで審議するのです。

 そして結果、やはり「テオドール」の副作用であったと認められた次第です。

 「小さないのち」の中には他にも数人が「テオドール」が原因だと思われる人がいるそうです。

 そして、うち以外にもう1人、「テオドール」が原因であると厚生省から認められた人がいます。

 「テオドール」という薬は、有効値と危険値が非常に近く、とても危険な薬です。

 このことをもっとたくさんの人に知ってもらいたいと思っています。

 もちろん、坂下さん(「小さないのち」会長)にはもうお知らせしてあります。

 思いつくままに書いたのでわかりにくいかもしれませんが、何か疑問があれば、いつでもメールください。

 あやかちゃん、1年生もあと少し。

 お互いがんばろうね。

 ではこれからも情報交換しましょうね。

 どうぞよろしくお願いします。

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2001年4月

No.68[脳症・脳炎の疑いで入院中の娘さんをお持ちのお母さんから]

 私の娘は今、ICUで生きようと頑張っています。

 母には何も出来ない。

 でも、何か情報が欲しいとホームページを探し、泣きながら読みました。

 娘は4月8日微熱はあったものの水分は取っていたので風邪と思い、近くの医院に連れて行き、もらった抗生剤を飲ませたのですが、夕方には39.8度の熱になっていました。脳性麻痺とてんかんを持っている子なので心配でそこで生まれ経過を見てもらっている市立病院に電話してみてくれるよう頼んだのですが、その熱で動かす事のほうが娘にとって負担になるといわれ様子を見る事にしました。

 その6時間後です。

 いつもの発作とは違うけいれんが起き、座薬を入れても収まる気配がありません。

 救急車で運ばれ点滴、座薬でけいれんを止めようとしますが、止まらず2時間近く続きました。

 次の日、髄液を取り調べると髄膜炎ではないが、脳圧が高いといわれ、脳症・脳炎の可能性が高いといわれました。

 肺炎も併発しかなり危険な状態でした。

 その後もけいれんが治まらず、人工呼吸器を入れてラボナールという強い薬で止めるしかないということになりました。

 4月13日熱も下がり、炎症の値も4.3に減りました。

 ICUに入ってからはけいれんも起きていません。

 一時は生きてさえいてくれれば、と思いました。

 少し回復してくると後遺症のこと、もともと脳性麻痺とてんかんがあった子なのです。

 どうなってしまうのか、そして、4月8日夕方の時点でどうしてみてくれなかったのか、いろいろな事を考えます。

 いまも母が風邪をひいたり、体調を崩すと面会も出来ないし、娘が目をさましたときにお母さんが元気じゃなくちゃと自宅に戻るように言われたのですが、だめですね・・・誰かこの想いをきいてほしい、いろいろな事を知りたいと脳症関連のホームページを探しました。

 とりあえず、今晩は寝ます。

 何かありましたら教えていただければ・・・と思います。

 よろしくお願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 お母さんの情報を探されたいとのお気持ち、よく分かります。

 何かしていないと、落ち着かず、ゆっくりと眠ることもできない状況ではとお察しします。

 とは申しましても、残念ながら脳性麻痺のお子さんでこの病気にかかられた方に関する情報は持ち合わせておらず、お力になれないことが残念です。

 まだ、突然のことから1週間しか経過しておらず、不安な毎日をお過ごしのことと思います。

 ご承知のこととは思いますが、脳への刺激が大切だと思います。

 まずは、声をかけてあげたり、体をなでてあげたりして、刺激を与えてあげればいかがかと思います。

 それでは、娘さんがこの病気に打ち勝ち、回復されることを切に願っています。

 取り急ぎ、お返事まで。


No.69[急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして。

 昨年12月からHPを読ませていただいております。

 私にも、昨年11月急性脳症になり重度の後遺症を持つ息子がいます。

 31ヶ月で風邪の症状からひきつけ、救急病院で肝機能が低下し、大学病院のICUで治療中、脳症をおこし、いまにいたります。

 1週間程前からようやく呼吸器をはずしており、ドロドロ食の練習が始まりました。

 薬とリハビリのおかげさまで、筋緊張と硬直が減ってきました。

 耳は聴こえているという検査結果がでていますが、瞳孔反射はまだありません。

 これからのこと、いろいろかんがえます。

 5才の娘にも負担はかけたくないし、施設で介護していただくのがよいのか、私は11秒でも長くついていてやりたいのですが・・・・・・・。

 もう少し、リハビリを充実させてやるべきか・・・・・。

 あやかちゃんは、私たちの希望です。

 ご両親にはいろんな想いがあられると思いますが、すばらしい回復力だとおもいます。

 あやかちゃんのHPに出会えたおかげさまで、私たちはこの4ヶ月を乗り越えてこれたきがします。

 心から感謝しています。

 ずっと、言いたかったお礼が言えてよかったです

 読んでいただきありがとうございました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、メールをいただけたこと、とてもありがたく思います。

 私たちのHPをご覧になり、感謝すると言っていただけて、ありがとうございます。

 私たちを励ましてくれるメッセージです。

 3歳の息子さんが、急性脳症になられたとのこと、これまで不安な毎日をお過ごしであったのではと、お察しします。

 発病から4ヶ月、まだまだ心身共に大変厳しい状況でいらっしゃるのではないかと想像します。

 もし私たちにお役に立てるようなことがあるようでしたら、どうかおっしゃってください。

 これからのことでは、先の見えない不安があろうかと思いますが、呼吸器をはずすことができたとのこと、快方に向かわれているようですので、今後も良い方向に向かわれるのではと思います。

 彩花の場合、救命していただいた病院からは3ヶ月で退院するようにいわれましたので、その後、現在も通院している県のこども病院に訓練入院のため、転院しています。

 そして、退院後は県の心身障害児総合療育センターに母子通園をしておりました。

 これからのことについては、どのような選択をされるにしても、大切な息子さんのことですから、病院の主治医やリハビリの先生、保健センターや福祉の窓口などで、多くの情報を集められ、事前にどのようなところか見ておかれた方がよいのではと思います。

 それでは、まだまだ心休まることはないと思いますが、くれぐれもお身体にはお気をつけください。

 同じような経験をした者として、どうかこれから共に歩ませてください。


No.70[インフルエンザ脳症による急性壊死性脳症でご入院中の息子さんをお持ちのお父さんから]

 私の息子が現在、インフルエンザ脳症による急性壊死性脳症にて今日で55日間、意識も自発呼吸も無く病院のベットに眠っています。

 発熱後、2時間で痙攣とともに意識がなくなり、翌日の夜、呼吸障害を起こし、約10日後に脳内出血をおこしました。

 医師と看護婦さんの懸命の治療で、3週間後には、身体の落ち着きは取り戻しましたが未だに反射反応も足のつま先が僅かに動く程度です。

 医師は入院時から、きびしい話ばかりで、説明の度に夫婦とも泣き崩れていました。

 10日程前にCTと脳波の検査をしました。

 少し日にちが経っていたので恐ろしさと期待をもって説明を聞きました。

 「脳が融けている」・・・・一瞬、何のことか解らず、それ以上の説明を受ける気になれず、黙って子供の部屋に戻りました。

 翌日から、妻は子供の回復すること以外、考えなくなりました。

 私は、子供の病気のことを少しでも理解しようとインターネットをはじめました。

 しかし、いつの間にか、調べれば調べる程、絶望感との戦いになり、いつしか「奇跡の生還の話」ばかりを追うようになりました。

 まだ現実を完全に受け入れずにいます。

 今は、じっと妻の様にただひたすら、子供の回復を祈り、手を足をさすり、声をかけつづけるしかないのでしょうか。

 お教えください。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 インフルエンザ脳症で未だご入院中とのこと、ご両親の疲労もピークに達していらっしゃるのではと、お察しします。

 私たちも入院中、親として何もしてやることのできない無力感と彩花をこういう目に遭わせてしまった自責の念にとらわれていました。

 また、メールを読ませていただいて、翌日面会に行くと彩花が「パパどうしてここにいるの?」などと何食わぬ顔でベッドの上に座っているのではないかという、期待にすがりつきながら、病院へ出向いたという記憶が、ありありとよみがえってきました。

 先日、NHKテレビで「この命を救いたい・救急医たちのたたかい」という番組が放送されていました。

 この中で、一命をとりとめ、親御さんが声をかけ、体をさすることから始めて、徐々に手足が動き始めたという、脳外傷のお子さんの事例がとりあげられていました。

 そのお子さんに反応が現れ出すと、主治医の先生はクラシックなどの音楽や、通っていた保育園の先生に保育園の様子を再現した録音テープを作っていただいて、それを流し始めたのです。

 私たちの場合も、通っていた幼稚園の先生から園児の歌声が録音されたテープをいただき、それをかけ、涙を流しながら歌ってやりました。

 そして、手足が拘縮してこないうちに、リハビリの先生に病室に来ていただき、リハビリを開始しています。

 私たちにはこの程度のことしか、申し上げられず、申し訳ないのですが、息子さんの回復力を信じ、親としてできることを精一杯してあげるのが良いのではと思います。

 それでは、私たちも息子さんの回復を願っております。

 ご両親とも、お身体にはくれぐれもお気をつけください。


No.71[脳炎の後遺症のお子さんを担当されている看護学生の方から]

 はじめまして。

 わたしは現在、病院実習を行っている看護学生です。

 わたしが受け持っている患者さんは、脳炎の後遺症を持つ、3歳になる子どもです。

 そこで、あやかさんのご両親におうかがいしたいことがあります。

 あやかさんはどのようにして、入浴されていましたか?

 受け持ちの患者さんは、近く退院し、療育センターに転院する予定になっていますが、センターでは、児の入浴を母親が1人で行わなければならず、お母さんが不安を抱いておられます。

 現在は児が暴れるため、ナースとお母さんの2人で入浴させています。

 これから、お母さんが児を入浴させる手技を練習する予定なのですが、どのような方法がよいのか、参考にさせていただきたいのです。

 現在の児の状態は児の気が向けば、歩行・座位がとれます。

 入浴時は嫌がって、ベビーバスのヘリにつかまって、立位をとり、浴室より出ようとしたり、バランスを崩して座位となったりと、とにかく体動が激しいです。

 あやかちゃんの入浴方法を参考にして、わたしの患者さんとお母さんにも、なんとか入浴を実施したいのです。

 どうか、よろしくお願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださって、ありがとうございます。

 脳炎のお子さんとその親御さんに対して、真摯に接してくださっている看護学生さんがいらっしゃることを、うれしく思います。

 さて、お問い合わせの件ですが、彩花をどのように入浴させていたかということで、お答えにかえたいと思います。

 彩花の場合も、体動が激しかったため、最初は2人がかりで入浴させていました。

 退院に向けて、入浴の練習を始めましたが、とても1人で入れられる状態ではなかったと記憶しています。

 担当のお子さんの場合も、1人で入れることが難しそうだとお感じであれば、転院先でも複数の人数で入浴できる体制を整える必要があると思います。

 現在、彩花は発病から3年以上が経過し、からだもずいぶん大きくなりました。

 家庭の浴室では、彩花と大人2人が入ることは困難になり、大人1人で入れています。

 浴室にウレタンマットを敷き、その上に寝転がらせ、からだや頭を洗っていましたが、少しずつ落ち着きが出てきて、座位の状態で洗うことも可能になっています。

 このようなことで、あまり、お役に立てなかったかもしれませんが、お許しください。

 また、療育センターには作業療法士の方もいらっしゃると思いますので、そちらにご相談されても良いのではないでしょうか。

 それでは、あとわずかですが、担当のお子さんと親御さんに対しまして、よろしくお願いしますとともに、看護婦さんになられ、ご活躍される日が来ることをお祈りしています。

 取り急ぎ、お返事まで。


No.72[インフルエンザ脳症に罹られたものの後遺症もなく回復された娘さんをお持ちのお父さんから]

 はじめまして。

 私の娘も昨年の一月初旬にインフルエンザ脳症にかかりました。

 前日より高熱にみまわれ、その当日も高熱が下がらず、座薬を挿入しても一向に下がらず、今も当時のことが頭から離れません。

 しかしながら、その晩は運がいいとしか考えられない事がありました。

 普通なら寝ているところなのに私も妻も夜中の3時に起きていたこと(妻は母親の感で起きていたのかと今でも感謝しています。),北陸の真冬でありながらその夜は積雪もなく路上凍結もない気温の高かったことです。

 娘は突然、目の焦点が合わなくなり、まばたきもしなくなりました。

 私はとっさに”病院”と思いパジャマも着替えず、およそ5KMはなれた公立の総合病院へ向かいました。(もう運転免許なんか要らないと思っていました。)

 しかしその時はいくら飛ばしても遠くて遠くていつ病院につくのかと思いました。

 走行中にも娘の様態は悪化し痙攣し、口から泡を吹き、白目をむいてきました。

 とりみだす妻に私はただ怒鳴りつけしかできず、娘には”がんばれ”としか叫べませんでした。

 しかし、その時は単なる熱性痙攣と考えていたのでそれほどの大事になるとは考えていませんでした。

 その後、インフルエンザ脳症と診断され、”なんだそれは?”というのが本心でした。

 医師に内容を告げられ、もう頭の中が真っ白、目先真っ暗というのが実情でした。

 ただただ助けてくれ、助かってくれ!と神に祈るしかありませんでした。

 数日後、先生、看護婦さんたちの懸命の治療のおかげで娘は一命をとりとめ、現在も後遺症もなく元気にすごしております。

 ただ定期的な検査は行っておりますが。

 今も風邪をひくと不安になります。

 私は一つだけ言いたい、テレビでインフルエンザ脳症を取り上げ特集をくむことがありますが、必ずと言っていいほど、後遺症で苦しんでいるとか,亡くなったとか、そういう悲観面ばかりです。

 奇跡的でも助かるということがあるということも報道すべきだと考えるのです。

 テレビは親の不安をあおっているだけです。

 私はまだ経験のない(ないほうがいいですが・・・)御両親に言いたいのです、助かり、後遺症も残らないこともある と。

 先生、看護婦さんと運がよかったと私は今もそう思っています。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったことうれしく思います。

 娘さんがインフルエンザ脳症にかかられて、病院へ向かわれれるご様子、あせり、動転、私たちのことと重なり、息苦しくなりました。

 しかし、ご両親の祈りが通じて、現在は後遺症もなく生活されているとのこと、本当に良かったですね。

 おっしゃるように、回復された方のことも報道すべきですね。

 視聴率のこともあるのかもしれませんが、不安をあおるような報道になっていることは否めないと思います。

 私の娘が発病した年の調査では、おおよそ「1/3が死亡、1/3が後遺症、1/3が後遺症なく回復」という結果でしたので、3人に1人の方は助かっていらっしゃるのです。

 私たちも経験のないご両親の方には、正確な情報が届くことを望んでいます。

 そこで、お願いですが、今回いただいたメールの内容を私たちのHPの「みなさんからの反響」のページに掲載させていただけませんでしょうか。

 無事回復された方がいらっしゃるということの情報発信になると思います。

 お返事いただけるとありがたいです。

 それでは、どうぞよろしくお願いします。


No.73[脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお父さんから]

 はじめまして。

 脳症親の会「小さないのち」の方よりアドレスを教えていただき送らせてもらいました。

 うちの娘が昨年十月二十五日に長い引きつけをおこし、結果的に脳症と診断されました。

 なんとか一命は取り留めましたが、首のすわっていない赤ちゃんのような状態になってしまいました。

 妻は落ち込んでしまっています。

 明日からボイターというリハビリをはじめることになりましたが、まったく内容もわからず展望も持てず困っています。

 脳症の後遺症は、それぞれのダメージの度合いでみんな違うとは思うのですが、よろしければどんなリハビリをされたか、どんな変化があったかなど教えていただければ幸いかと思います。

 突然ややこしい話を持ち掛けまして申し訳ございません。

 とりあえず返信をお願いしたいと思います。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、娘さんが脳症になられたとのこと、先の見えない不安に押しつぶされそうになりながら、日々を送られているのではとお察しします。

 私たちも一命をとりとめた後に頭を悩ませたことは、これからどうなるのだろうか、どうしていけばいいのか、どこまで回復するのかといったことでした。

 私たちの娘、彩花のことについて、簡単に経過を添付(「彩花の部屋」のページ「リハビリの経過」参照)しますので、一例として参考にしていただければと思います。

 私たちもリハビリ(運動療法)ではボイタ法の先生に診ていただいていました。

 こちらの方では、ボイタ法とボバース法の2つが運動療法の主流になっています。

 リハビリは継続することが大切だと思いますので、お近くでボイタ法が行われているのであれば、まずは取り組まれてみてはと、思います。

 添付しているファイルの中で、OTとは作業療法といわれるもので、手や指の細かな動きを、STとは言語療法といわれるもので、言葉や口からの食事の取り方などを、身につけるリハビリです。

 子どもの脳は未知の可能性を持っているといわれています。

 まだまだ始まったばかり、可能性を信じ、共に歩んでいきましょう。

 それでは、まだまだ大変な毎日だろうと思います。

 くれぐれもお身体にはお気をつけください。

 まずは、お返事まで。


No.74[単純ヘルペス脳炎にかかられたお母さんから]

 彩花ちゃんは、お元気ですか?

 私は2児の母です。

 何度もホームページを拝見させていただいてます。

 先日、ヘルペスの脳炎の方のHPを拝見して、私の頭の中から、ホームページに書かれている『似たような病状でお困りの方々がいかに多いか驚いています。』が、離れなくて…。

 私は1999年2月に単純ヘルペス脳炎になりました。

 その前にかなりきついインフルエンザになったのですが、治りかけに高熱と嘔吐、頭痛が2日続きました。

 3日目の朝、倒れ、救急車で病院に運ばれました。

 救急車に乗って5分後に激しい痙攣で意識がなくなり、病院に着いてからも激しい痙攣が2回あったそうです。

 その2日前の夜に診て下さった研修医の先生が、私が首を痛がっていたことが気になっていたそうです。

 すぐにアシクロビルを使って治療をはじめてくださいました。

 このときCTを撮ったのですが、全く異常がなかったそうです。

 入院して4日目の朝、はっきりと(自分ではですが…)意識が戻りました。

 それまでに話したことがあったそうですが全く覚えていません。

 私はどうしてここにいるのか10日間位、毎日、聞いていたそうです。

 5日目に髄液検査の結果(中間?)がでて、ヘルペスウイルスもインフルエンザのウイルスも無かったので、アシクロビルをやめたのですが症状が悪くなったので再開しました。

 7日目にMRIを撮りました。

 左の側頭葉が炎症(脳全体の1割)を起こしていました。

 その日に髄液検査の結果がでて「ヘルペス脳炎」と診断されました。

 15日目、2度目の髄液検査。

 結果は陰性(?)でした。

 ?日目、CT検査。

 黒い所はとても小さくなっていました。

 1カ月半後に退院。

 1年前に撮ったMRIでは、黒く見えた画像()では、側頭葉が耳より前が黒くなっていて右脳より縮んでいました。

 脳の中心にある溝(?)も右脳の溝より4倍ほど大きかったです。

 私の場合、先生方にも入院中よく言われたのですが、「不幸中の幸い」だと思います。

 例がないほど軽いそうです。

 早期診断・早期治療をしてくださった先生方のおかげだと思っています。

 後遺症は、軽いですがいろいろあります。

 普通に生活できています。

 今一番悩んでいるのは、感情を抑えられないことです。

 これは、ヘルペス脳炎の独特の後遺症で、脳梗塞などの方とは違った後遺症の一つだそうです。

 精神安定剤・抗鬱剤などを飲んでいますが…。

 私が、今、望んでいることは、私と同じような状況の方とお話がしたいのです。

 『20011月 No.64[ヘルペス脳炎による後遺症のお父様を持つ娘さんから]』を読ませて頂きました。

 こちらのメールに情報交換をしたい方からメールは届きましたか?

 ヘルペス脳炎になられた方(大人の方)の交流の場がないですよね。

 同じ病気の人たちの中でも、後遺症の軽い私が管理人になって、皆さんのご意見を聞きながらHPを作っていきたいと思っています。

 彩花ちゃんのご両親に、いろいろと教えて頂きたいので、よろしくお願いします。

 今日、HP開設の準備をはじめました。

 掲示板も開設する予定です。

 お返事お待ちしています。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことありがたく思います。

 ご自身が単純ヘルペス脳炎にかかられたとのこと、お辛い思いをされたのではないでしょうか。

 また、ご家族も突然のことに大変だったのではとお察しします。

 しかし、今ではずいぶん回復され、ご自身のご経験をもとにホームページを立ち上げようと考えていらっしゃるとのこと、なかなか真似のできるものではありません。

 お役に立てることがあるかは分かりませんが、私たちでよろしければ、おっしゃってください。

 私たちは、大人の方のことで相談のメールをいただいた際に、なかなかお役に立てず、歯がゆい思いをしておりました。

 おっしゃるように大人の方の交流の場が必要なのだろうと思います。

 ぜひ、開設にこぎつけられ、新たな交流の場が生まれますことを期待しております。

 それから、私たちのHPのNo.64の方ですが、一度打診してみますので、ご希望のようでしたら、情報交換をしていただけませんでしょうか。

 お返事いただけるとありがたいです。

 それでは、発病からまだ1年しか経過していらっしゃいませんし、お薬も飲み続けておられるとのこと、お身体にはくれぐれもお気をつけください。

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2001年5月

No.75[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして突然のメール失礼します。

 私の息子長男は今年4年生になります。

 1年半前インフルエンザ脳症により、重度の知的障害が残りました。

 言葉も話せませんし、8年間の知的な部分は全部失ってしまいました。

 歩くことはできます、走ることもできますが、目を離すとどっかに飛んでいっていなくなるという状態でした。

 1年半で少しずつですが、言葉の理解、トイレの排泄、服の着脱といったことはできるようになってきましたが、相変わらずの多動は落ち着きません。

 今でもそこに遊んでいたと思ったらいなくなってしまうといった状態です。

 元気なころと比べてしまうと、あれもできないこれもできないと悲しくなってきます。

 小学校は元の学校のまま行くことができています。

 重度の知的障害を持つ息子を受け入れてもらったことに感謝しています。

 でも本当に普通小学校でよかったのかなと思うことがあります。

 養護学校の先生はやはりその道のプロです。

 親が一生懸命リハビリの真似事をしてみても、そこには子供に対する親の感情が入り、できないことばかりを探してしまいます。

 できないと解っていても怒ってしまいます。

 昨日よりは今日、1ヶ月前よりは今、少しずつですが変わってきている息子ですが、それでも1年半、去年はこんなことをしてたあんなこともできてたと比べてばかりです。

 学校の先生も一生懸命にやってもらっています。

 それでも障害児に対する学習プログラムは情報不足です。

 発病から半年経ったころこのホームページを拝見させていただきました。

 まったくそのとおりの親の気持ちでした。

 普通に生きていくことが当たり前と思っていた頃、変わってしまった我が子、障害をもって生きていくことが本当に幸せなのか?そして普通に生きていくことの方が難しいのではなんて、いろんな事を考え悩み涙しました。

 今でもそうです。

 私もいろんな人との出会いがあり、小さないのちもそうです。

 なんとか前向きに今を頑張っていこうと思っています。

 では失礼します。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことありがたく思います。

 1年半前にインフルエンザ脳症に罹られたとのこと、突然の発病、その後の介護など、慌ただしい日々を送ってこられたのではとお察しします。

 しかし、運動面や日常生活動作など、この1年半の間に目覚ましい回復をされましたね。

 彩花の現在の課題のひとつに「日常生活動作の自立」があります。

 そのようなときに、日常生活動作を修得された方からメールをいただけて、力をいただけたように思います。

 現在は、全面介助の状態なのですが、すこしずつ本人ができるようになればと思っているところです。

 学校のことでは、悩みますよね。

 私たちも地域の小学校の障害児学級の2年生になりましたが、養護学校の方が良かったのではといった思いが時折、頭をかすめます。

 2年生になった始業式の日に、校長先生も交え、この1年間取り組んでいただきたいことをお願いしてきました。

 少しでも成果が出ればと期待しているところです。

 障害の程度は違うようですが、学校の悩みは共通なものがあるように思います。

 今後とも、情報交換など、共に歩ませていただければと思っています。

 それでは、よろしくお願いします。


No.76[インフルエンザ脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして。

 インフルエンザ脳症に関する情報が欲しくて検索していて、このホームページに出会いました。

 寄せられた皆さんの声を見せていただき、胸が一杯になりました。

 この世にこんなつらい思いをされている方がこんなにもみえるなんて。(実際は1/10位にしかすぎないのでしょうね・・・。)

 試練や運命と呼ぶにはあまりにもつらすぎますね。

 でも、その悲しみを受け入れられた方の言葉は、強くて優しい。

 まだ、こうなって2ヶ月足らずの私の心に、深くしみこんでいきました。

 私は6.4.2才の三児の母です。

 今年の3月15日に2才の長男が深夜から38〜39℃の熱があり、夕方、2分くらいの痙攣で救急車で近くの総合病院に運ばれました。

 診断の結果、「インフルエンザによる熱性痙攣」で、半日くらいで意識ははっきりするでしょうとのことでした。

 でも、丸一日たっても反応はよくないので、CT・脳波を取り、はじめて「脳症」と診断されました。

 でも、波の状態も思ったほど悪くなく、CTでも異常がみられなかったので、軽いものだから3〜4日もすれば回復に向かうとの事。

 しかし入院して4日後、入院して初めての痙攣が。

 2分くらいのものでした。

 その日はその後も3回の痙攣があり、夜中は30分も続くもので、瞳孔も開きかけており一時は危ない状態でした。

 MRI・髄液・血液等どの検査をしても大きな異常がみられないまま入院して2週間が過ぎました。

 他の方も言っておられるように、この間の記憶はほとんどありません。

 「ただ祈るしか出来ないことを歯がゆく思い、懺悔と後悔と絶望の日々だった」というくらいしか。

 でも、2週間経ったある夜、急に反応がよくなり、1ヶ月近く経った4月13日に退院が決まり、今は自宅にて静養しています。

 でも完治した訳ではありません。

 知能は1歳前後の子のようですが、脳波の回復やしぐさを見て少しずつ回復していくのではとのことでしたし、運動機能は戻っています。

 ただ心配なのは、視力の回復が遅いんです。

 目を合わそうとしませんし、物を目で追うこともしません。

 出来る範囲での全ての検査の結果、「眼球・視神経に問題はなく、弱いが脳にも光は届いている。これだけ他の機能が回復しているのに視力の回復だけ遅いのは珍しい。」といわれ、先生方にも今後はわからないようです。

 でも、退院し自宅でお姉ちゃんたちの愛や刺激を受けながらの生活で、以前より随分見えているような気がします。

 障害物にあたる回数も減り、声を出さなくても私の所まで歩いて来ることもあります。

 その後の診察では、「視力はあるのに、見たことを処理する(目の前にある人形ををつかんだり等)回路のつながりが遅いのではないか」という先生もみえます。

 今後も通院しながら、少しずつでも回復していけばと願っております。

 ホームページでの皆さんの声の中では、視力の回復が悪いと言う方はみえない気がするのですが、こういう症状の方ご存知でしたらお教えいただきたく思います。

 よろしくお願い申し上げます。

 最後になりましたが、彩花ちゃんの幸せを心よりお祈り申し上げます。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 発病から2ヶ月が経とうとしていますが、不安な日々を送られているのではと、お察しします。

 息子さんは視力の回復が遅いのですね。

 残念ながらお伺いの「視力の回復が悪い」とおっしゃる方は存じ上げません。

 彩花の場合、聴力の回復が良くありませんでした。

 発病から5ヶ月が経過した頃だったのですが、心理相談の先生に耳元で鈴を鳴らしてもらい、鈴の鳴った方向に顔を向けるかどうかのテストをしていただきました。

 テストの結果は、「右の耳元で鳴らしたときに何も反応しない、耳鼻科で診察してもらうように」とのことでした。

 耳鼻科では、「鼓膜は大丈夫、音の刺激はちゃんと脳まで届いている、耳が悪いわけではない」との診断でした。

 現在では、完全に回復したのかは分かりませんが、反応するようになっています。

 子供の脳の回復力は未知のものがあると言われています。

 まだまだ期待できるのではと思います。

 それでは、息子さんの回復をお祈りいたします。


No.77[インフルエンザ脳炎による後遺症の息子さんをお持ちのお父さんから]

 はじめまして、貴兄と同様に次男(6歳)が1997年の1月にインフルエンザによる脳炎になりました。

 発病時、自分は会社にいましたので、直接本人の病状は見ていません。

 ただ、発病時に意識を取り戻したのですが、日々容態が悪くなり、3日後に呼吸を10分間とめて、ICUでの治療に切り替えると聞かされました。

 約10日間(脳の腫れが引くまで)麻酔で呼吸を止めて治療する(その間の病状と治療は、脳内出血、肺炎、髄液抜き取り、中耳炎、血液製剤の輸血等)

 その後、担当医師から、植物状態からさほど回復しないと聞かされ、ショックを受けましたが、ほかの医師から子供の場合、どういう風に、変わるかわからないので希望をもってくださいといわれました。

 ICUから10日後に出てきて、自立で呼吸ができました。

 しかし、目が見えない様子で、自分は、医師の見てないところで日に、何度も息子の目をペンライトで当てて、瞳孔反応を確認しましたが光にまったく反応しません。

 音は確認できるらしく、少ししゃべるようになりましたが、ただのオウムがえしでした。

 完全に左半身が麻痺し左腕、左足が縮んだまま固まっていました。

 医師より、「固まったままなら腱を切ります」といわれていたので、妻、祖父、祖母が、毎日、何時間も手足をマッサージすることが日課になりました。

 ICUを出て、1週間後、目が見えるようになりました。

 それから約2ヵ月後の4月上旬、歩けるようになりました。

 その後12月までリハビリセンターに一人で入所しました。

 妻は、今も、ドーマン法を実践しています。

 現在小4で近くの小学校に通っています。

 予後ですが、軽い癲癇の発作がありますが、積極的に公文式で国語と算数を週1回行っています。

 YMCAも兄が参加していたので、キャンプなども行っています。

 現在の主治医からは癲癇の薬をもらっていますが、ほとんど飲んでいません。

 また、ある先生のところで、ビタミン療法を月一で行っています。

 とりとめもなく書いてしまいましたが、子供が発病するまで、何一つ家庭のことはしませんでした。

 当時は、通産省の補助金で産業用工作機器の研究開発の仕事をし、妻は音楽教室をしていました。

 今現在、自分は、失業中です。

 一応自営で電子機器の設計とパソコンやネットワークの販売で細々とやっています。

 その時のトラウマがいまだにあって、当時、アメリカ及びヨーロッパなどに製品をアッピールし、プロジェクットの管理をしていましたが、今は、自信喪失で、さえない毎日です。

 貴兄も回復をあきらめずに、がんばってください。

 ドーマンによると、10歳くらいで脳は完成するので、それまでが、勝負らしいです。

 私の次男ように、植物状態から、奇跡的に回復した例はたくさんあると思います。

 次男は右脳がほとんど機能していません。

 右脳の脳波もほとんどありません。

 しかし、文字がかけます、計算もできます、兄弟げんかもします。

 もう4年と4ヶ月もたっているので、今後の事が不安ですが、現に生きて、毎日学校に通っているので、自分がもっとしっかり生きようと思っています。

 それでは。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧になり、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 私たちの娘、彩花より1年早く、インフルエンザ脳炎にかかってしまわれたのですね。

 しかし、その後の回復ぶりは目を見張るものがありますね。

 これもご本人の回復力とご家族のご苦労があってのことと思います。

 特に現在もドーマン法を続けていらっしゃるのは日々大変なことではとお察しします。

 また、現在失業されているとのこと、仕事のこと、息子さんのこれからのことなどをお考えになると、不安が重くのしかかっていらっしゃるのではと拝察します。

 彩花は現在7歳ですが、知的には生後9ヶ月レベルと言われています。

 この先どのようになるのか、本当に心配です。

 トラウマやこのような不安は、同じような経験をされていないと、なかなか他人には理解していただきにくいものがあると思います。

 もし、私たちでよろしければ、またお話をお聞かせいただけるとありがたいです。

 それでは、よろしくお願いします。


No.78[インフルエンザが原因でご友人を亡くされた方から]

 こんにちは。

 私は、2ヶ月前に、大切な友人をインフルエンザで亡くしました。

 それまで、ただの風邪の延長程度に思っていたインフルエンザの本当の恐ろしさをそのとき実感しました。

 インフルエンザについていろいろ調べているうちこのHPにたどり着きました。

 亡くなった友人は、まだ25歳でした。

 詳しい話は、ショックのあまり誰も聞きだせずにいましたが、脳にインフルエンザのウィルスが入ってしまったとのことでした。

 亡くなる前々日まで本当に元気で、悪化したのは亡くなる前日のことです。

 それでも、意識がなくなる30分前には、彼女が作ったうどんをおいしそうに食べていたそうです。

 病院にはこばれた時には、すでに手遅れの状態だったといいます。

 正直言っていまだに信じられません。

 殺したって死にそうにないヤツだったのに・・・。

 多少障害は残っても生きていてくれたらよかったのにって今でも思います。

 とても悔しいです。

 これからだったのにって思うと・・・。

 ほんとにやり切れません。

 彩花ちゃんはきっとよくなりますよ。

 信じていれば。きっと・・・。

 いろいろと大変かもしれませんが、自分と彩花ちゃんを信じて頑張って下さい!!

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 ご友人をインフルエンザが原因で亡くされたとのこと、25歳という気力体力共に充実した時期の方にも猛威を奮うインフルエンザの恐ろしさを改めて感じています。

 ご友人を亡くされたことで、心にぽっかりと穴があいたようなお気持ちでいらっしゃるのではとお察しします。

 私も、19歳の時に友人を病気で亡くしています。

 亡くなったことを聞かされても、次の日には机に何食わぬ顔で座っているのではとか、病院に見舞いに行けばまだベッドに横になっているのではといった、ありもしないことを考え、友人の死を受け入れられない私がいました。

 まだまだお気持ちの整理ができない時期と思います。

 体調も崩しやすいと思いますので、お身体大切にしてください。

 ご友人のご冥福をお祈りいたします。


No.79[ウイルス性脳炎で後遺症なく退院された息子さんをお持ちのお母さんから]

 ホームページ、見ました。

 胸が熱くなり涙が止まりませんでした。

 私の息子も昨年の冬、ウイルス性脳炎で倒れました。

 健康そのものだった子だけに動揺しました。

 集中治療室で意識不明のまま二日半過ごしました。

 あやかちゃんのお母さんの言うくらいトンネルでした。

 でも、奇跡は起こったのです。

 仲良しの友達の呼びかけに息子の目が開いたのです。

 また一緒に野球をやろう!の言葉に大きくうなづきました。

 一般病棟にうつってからも苦しい治療が続きましたが息子はそれを克服し退院の日を迎え今では友達との約束通り元気に野球をやっています。

 2ヶ月という短い戦いでしたが多くのことを考えさせられました。

命の大切さ、友達の大切さ、家族の大切さ、普通に生活できる喜びを息子から、支えてくださった多くの方から、そして去って行ってくれた病気から教わりました。

 また私もひとつ親にしてもらいました。

 あやかちゃんのお母さんもたくさん苦しみ、悩んで今のお気持ちになられたと思います。

 どうぞ希望をもち続けて下さい。

 大きな幸せを祈っています。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、励ましのメールをくださったこと、うれしく思います。

 息子さんもウイルス性脳炎にかかられて、意識不明の状態でおられたとのこと、突然の出来事に受けられた動揺は大きいものがあったのではとお察しします。

 しかし、今は元気に回復されているとのこと、息子さんの回復力とお友だちの呼びかけがウイルスに勝ったのですね。

 私たちも彩花を取り返しのつかないことにしてしまい、苦しみ悩む中で、多くのことを学びました。

 希望を捨てず、彩花のゆっくりとした成長を見守っていきたいと思っています。

 それでは、よろしくお願いします。

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