2000年6月

No.41[原因不明の急性心臓麻痺で息子さんを亡くされたお母さんから]

 はじめまして、ホームページを拝見しました。

 実は私は今年の1月に1才3ヶ月の長男を突然亡くしました。

 前日かぜをひいていたものの、熱もなく元気だったのに翌朝気づいたときには、すでに死後数時間が経っていました。

 死亡診断書には「急性心臓麻痺、原因は不明」と書かれましたが、私たち家族は乳幼児突然死症候群(SIDS)だったのでは・・・と、思っています。

 しかし解剖はしてもらわなかったので、真実は結局わかりません。

 しばらくすると「原因不明の死」に納得できず、やはり解剖してもらって徹底的に調べてもらえば良かった、と後悔するようになりました。

 せめて自分で出来る限りのことを、と思い病気のことをいろいろ調べているうちに、このHPを見つけました。

 私にはもうすぐ4才になる娘もいるので、ご家族のご苦労や心痛は察するに余りあります。

 それでも彩花ちゃんが生きていて本当に良かったと心から思います。

 生きていれば未来があり、希望があります。

 死んでしまっては、すべての可能性は閉じられ何の希望もありません。

 亡くなった子にはもう何もしてやれないことが、親として最もつらく悲しいことです。

 調べているうちに、世の中には様々な病気や障害があり、いろいろな状況の中で頑張っている人たちがいることを知りました。

 このHPもその中のひとつですが、私はそれらから生きる希望と元気をもらったような気がします。

 このHPで救われる方はたくさんいると思います。

 どうぞこれからも彩花ちゃんと共に希望を持って歩んでいって下さい。

 あせらなくていい、頑張らなくていい、一歩一歩、マイペースに・・・

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださってありがとうございました。

 1月に幼い息子さんを亡くされたとのこと、未だご心痛は癒えないこととお察しします。

 原因不明の死に納得できないとのこと、事情は全く異なりますが、私たちもしばらくは、なぜ娘が、なぜインフルエンザ脳症にと納得のいかない気持ち、そして障害を負わせてしまったという罪悪感に支配されていました。

 今でも、元気な頃の娘を思い出すたび、涙がこぼれます。

 私たちはインフルエンザ・脳症 親の会に加入しています。

 この会はお子さんを亡くされた方も障害児の親も入会できるのですが、そのつどいの中で、お子さんを亡くされた親御さんのお話をお聞きするたび、やるせない思いがいたします。

 私たちにはお子さんを亡くされた方の思いを分かることは難しいと思いますが、お気持ちに寄り添えるようなら寄り添いたいという気持ちをもっています。

 私たちでよろしければ、またお話お聞かせください。

 それでは、よろしくお願いします。


No.42[インフルエンザ脳炎による後遺症の息子さんを持つお母さんから]

 HP、読ませていただきました。

 私は、最近「親の会」に入会させていただいた者です。

 私の息子もインフルエンザによる急性脳炎で、重度の後遺症が残っています。

 彩花ちゃんの、病気の経過を読ませていただいて、あまりにも息子の状態に似ていたので、当時を思い出し涙が止まりませんでした。

 もう、7年以上も前のことですが、昨日の事の様に思い出されます。

 そして私たち以外にもあんなに辛い思いをされた方が何人も、 いらっしゃったという事を、改めて知りました。

 私は、息子が病気になった時、下の子の産後すぐで不安定な状態だった事もあり、鬱状態になり睡眠薬と抗鬱剤が手放せなくなりました。

 彩花ちゃんのお母さんや、他のお母さんは、みんながんばってこられたのに、情けないことですが、まともに家事もできなくなっていました。

 寝たきりでもいい、とにかく命だけは助けて下さいと、祈り続けた甲斐があってか命はとりとめたものの、その後のあまりの検査の苛酷さに耐えられず、眼科の検査で体をバスタオルで巻き、動けないようにして、「これ以上は、お母さん多分見ていられないでしょうから、廊下で待っていて下さい。」と言われ、全く意識のない、わずか2歳の我が子が泣き叫ぶ声が廊下中に響き渡り、私の精神状態は限界を越えてしまいました。

 せっかく助かった命なのに何度も、こんなに辛い思いをするんだったら死んだほうがこの子も楽になれるんじゃ ないかと、考えることがありました。

 そんな精神状態のまま、とにかく効果のありそうな事は何でもしてきました。

 周りの人が呆れるくらい、いろいろな治療やリハビリに通いました。

 その頃は、そうすることが私の心の支えになっていたのだと思います。

 必ず元の息子に戻してやる。

 それしか頭になかったように思います。

 今思い出しても、当時、どんな生活をしていたか、下の子の成長の過程もほとんど記憶にありません。

 そういう生活が、5年くらい続いたでしょうか、2年前にある出逢いがあり、私は立ち直る事ができました。

 今は、完全に薬とも縁が切れ、本当の意味での前向きな気持ちで、毎日を過ごしています。

 7年の間、いろいろな人との出逢いがあり、たくさんの力をいただきました。

 息子が病気になるまでは、私はピアノの講師をしていました。

 そのせいか、息子は音楽が好きで、よくピアノを弾きながら歌ったりしていました。

 今の私の夢は、福祉施設をまわり、息子と同じように音楽の好きな子供たちに、聴いてもらう事です。

 ずっと、封印していたピアノの蓋を開けて練習を始めました。

 最近、人に「明るいので、子供さんに障害があると聞いても信じられない。」と言われました。

 たくさんの人にたくさんの力をいただいたので、今度はお返しする番だと思います。

 私のような者でも誰かの役に立つことができればと思います。

 また、機会があれば、彩花ちゃんにもぜひ、お会いしたいです。

 時々、メール送らせていただいてもよろしいでしょうか?

 大変長くなってしまいましたが、初めて気持ちをわかり合える方に出会えてうれしく思いました。

 どうもありがとうございました。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたこと、うれしく思います。

 もう発病されて7年以上経たれるとのこと、まだ「インフルエンザによる脳炎・脳症」が知られていない時期であっただけに、孤独で不安な日々をお過ごしであったのではと、お察しします。

 私たちはまだ発病から2年半しか経っていませんので、お母さんの苦しみを完全に理解することはできないと思いますが、苦しむ娘を前に死んだ方が楽になれるのではと思ってしまったこと、なんとかして元の娘に戻そうと奔走したこと、発病からの数年間が、私たちの体験と重なり、涙があふてきました。

 そして、今度はお返しをする番だと、前向きなお気持ちをお持ちとのこと、すばらしいことだと思います。

 やはり、障害児を持つ親だからこそ分かること、寄り添えることがあると思います。

 訓練にも音楽療法があるように、音楽は障害児にはとても良い刺激になると思います。

 夢が実現されることをお祈りしています。

 それでは、まだまだ私たちは障害児の親としては年数が浅く、分からないことも多々ありますので、アドバイスなどいただけるとうれしいです。

 よろしくお願いします。


No.43[息子さんを事故で亡くされたお母さんから]

 こんにちは

 はじめまして

 あやかちゃんのホームページをみました。

 私の姪もインフルエンザによる髄膜炎でICUに入院し、退院後はリハビリに励んでおります。

 今年3才の誕生日を迎えますが、まだひとりで立てません。

 姪は今年の4月から療育園に通園しています。

 ママは、「早く歩いてよー」と焦っているようですが私の目からみると日ごと少しずつ発達しています。

 最近は大きな声でよく笑うようにもなったし、自分で歩こうとして足をふんばります。

 あやかちゃんのHPをみてほっとしています姪もあやかちゃんみたいに成長してくれるんだと確信しています。

 あやかちゃん がんばってね。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 余談ですが、私は姪が産れる4ヵ月前に子供を事故で亡くしました。

 突然のできごとでしたので、今でもまだぼう然とすることがおおいです。

 でも姪が必死で頑張っているのをみて「いのちの重さ」をひしひしと感じます。

 生きているって幸せなんだな・・・すごいな・・・と感じます。

 姪を抱くと突然冷たくなってしまった自分の息子と比較してなんとも言えない気持ちになります。

 子供を抱くと[あったかい]という当たり前のことが私にとってはあたりまえでなくなり、今は思い出しかありません。

 あやかちゃん、息子の分までがんばってください。

 ではまたうかがいますね。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださってありがとうございました。

 姪御さんがインフルエンザによる髄膜炎になられたとのこと、お母さんのご心痛はいかばかりであったろうと、お察しします。

 そのような中、彩花の事例を参考にしてくださっているとのメールをいただけたこと、ホームページを開設した甲斐があったと喜んでいます。

 これからお母さんは、障害児になってしまったからこそ発生する障壁や悩みと闘っていかなければならないと思います。

 お力になれるかどうかは分かりませんが、私たちにできることがあるようでしたら、おっしゃってくださるとありがたいです。

 療育園への通園も始まったとのこと、姪御さんの更なる回復をお祈りいたします。

 また、ご自身は事故でお子さんを亡くされた経験をお持ちとのこと、突然の出来事にそのショックはいかばかりであったか想像することができません。

 私たちはインフルエンザ・脳症親の会に入会しているのですが、この会はお子さんを亡くされた親御さんも障害児を持つ親も入会することができます。

 参考になるかどうかは分かりませんが、この会の会報に「グリーフケア」についての記事が載っていましたので、添付させていただきます。

 それでは、よろしくお願いします。

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2000年7月

No.44[お子さんが脳症で入院されているご友人をお持ちのお母さんから]

 はじめまして。HP見ました。

 中学校時代からの友人の子供が昨年10月から脳症で入院してます。

 わたしには元気な息子がいます。

 毎日、海で駆け回ってます。

 そのせいもあって、なんだか連絡しにくくて、詳しいことはわかりません。

 今、何かできることがあるんではないかと悩んでます。

 私自身は、障害者のことをもっと身近に感じたいと思ってます。

 学生時代は、障害者のボランティアをしたこともありますが障害者を持つ親とのかかわりを考えたことがありません。

 いろんなことに対して無知です。

 知ろうと思えば思うほど「嫌なやつ」と思われそうで恐いです。

 友人に、何かできることはないでしょうか?

 私の学生時代は「手のかかる子は特別学級へ」という時代で知的障害者は同じ学年でも時間割りが全く違う学級へ・・押し込められてたと言うのは言い過ぎでしょうか・・この時の私は、まだ子供でなんの疑問も感じなかったけど、いまは、これは違うと感じてます。

 もっと小さいうちからごく自然に障害者と付き合っていたかった。(今も付き合いきれてませんが・・)

 息子は少し多動ですが、全く元気です。

 だらかこそ、障害者とふれあう機会が欲しいと思うのは親の勝手でしょうか。

 障害者を持つ親から見ると私は間違ってますか?

 [返事]

 はじめまして。

 私たちのHPをご覧になり、メールをくださって、ありがとうございます。

 ご友人のお子さんが脳症でご入院中で、何かできることがないかと悩んでいらっしゃるとのこと、私たちにはご友人をうらやましく感じます。

 そのお気持ち大切にしていただけると、うれしいです。

 しかし、実際のところ、ご友人がどのような手助けを求めていらっしゃるかが分からない中で、できることを見いだすというのは難しいことと思います。

 例としては不適切かも知れませんが、電車やバスの中でお年寄りに席を譲る時の話が思い出されます。

 譲られる側は「座りたい」と思っておられる方と「座りたくない」と思っていらっしゃる方(たとえば、自分はまだまだ若いと自負されているような方)がいらっしゃいます。

 しかし、もし、譲る側に「譲りましょう」と申し出ているのだから、素直に座るべきだという思いがあったとしたら、拒否されたときに不快感を抱いてしまいます。

 ここで大切なことは、譲る側に「座りたくないお年寄りなのかもしれない」という気持ちのゆとりを持つことなのだと思います。

 話がそれましたが、ご友人に対して、興味本位から聞くのではなく、心配していること、そして何かできることはないかと思案していることを、真摯にお伝えしてみてはいかがでしょうか。

 ただ、もしそこで「今必要としていることはない」という答えが返ってきたとしても、素直にそうなのだと了解をしてあげてほしいと思います。

 また、今必要がなくても、将来手助けが必要になることもあるかも知れませんので、これからもご友人をあたたかく見守っていただければと思います。

 また、もしよろしければ、私たちのHPについて、ご友人にご紹介いただけるとありがたいです。

 まずは、お返事まで。


No.45[突発性発疹からくる急性脳症による後遺症の娘さんを持つお母さんから]

 はじめまして。

 私は、突発性発疹からくる急性脳症の後遺症を持つ1歳になったばかりの娘の母です。

 HPを読み、お便りをせずにはいられなくなってしまいました。

 8ヶ月の時、けいれんの重積発作で救急車で運ばれた直後は熱性けいれんだろうといわれていましたが、数日後急変し、けいれんを繰り返し意識不明になってしまいました。

 翌朝には危篤状態でしたが、一命をとりとめ、翌日、無理をお願いして大学病院へ搬送してもらった結果、突発性発疹による急性脳症だろうといわれたのです。

 このときは、「突発性発疹なんて子どもならみんなかかるような病気なのになぜ?」と思いましたが、少なくとも原因が分かっただけでもホッとしたのは事実です。

 それからは一進一退を繰り返しながらも2ヶ月で退院することができました。

 現在は、退院して1ヶ月が過ぎたところですが、親としては、ビックリするくらい良くなっているような気がします。

 体は1,2ヶ月の乳児程度しか動きませんが、少しずつ意志を持って動かしていることが感じられるようになりました。

 表情は退院直前あたりからよく笑うようになり、退院してからはあやすと笑います。

 鼻から入れていた経管チューブをここ数日はずして生活しています。

 水分の補給があまりできないので少し不安はありますが、がんばって哺乳ビンで飲ませています。

 まだ、感染症の心配があるため、予防接種を一通り終えてから、療育センターなどへ通園する予定です。

 娘がこの病気になり、いろいろなHPを見ましたが、突発性発疹による急性脳症という方には今のところ巡り会えていません。

 突発性発疹なんて小さい子の親なら誰もが知っていて、誰もが通り過ぎる道のひとつにしかすぎないような病気でも娘のようになるんだということを多くの人に知っていただきたいと思い、初めてなのにもかかわらず、長々と書いてしまいました。

 あやかちゃんにも娘にも、まだまだ時間はたくさんあります。

 あきらめずにがんばっていけることを強く願っています。

 お時間を取らせて申し訳ありませんでした。

 とても暑い日が続いています、どうぞご自愛されて夏をお過ごしください。

[返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧くださって、メールをいただけたこと、ありがたく思います。

 まだ幼い娘さんが突発性発疹から急性脳症になられたとのこと、退院からまだ間もなく、慌ただしい日々を送っていらっしゃることと、お察しします。

 しかし、経管チューブをはずせるまでに快復されてきているとのご様子、私たちにとっても他人事のようには思えず、うれしい思いがいたします。

 娘の彩花も、おもゆから始まり、おかゆ、みそしるへ、口から十分にとれないと経管チューブに戻しと、行きつ戻りつしながら、レベルをあげていったことを思い出します。

 未だに水分補給は苦手で、ずっと紙おむつの重さを量って尿量をチェックしていました。

 夏場に入り、結構飲めるようになってきましたので、今はどれだけ飲んだかのチェックだけにしています。

 さて、次回のHPの更新の際に掲載しようと思っていたのですが、最近インフルエンザ・脳症 親の会のアンケート結果がとりまとめられました。

 その中には同じ突発性発疹で急性脳症になられた方も少数ですがいらっしゃいました。

 参考までにアンケート結果を添付しますので、ご覧ください。

 それでは、まだまだ大変な日々が続くと思いますが、娘さんの更なる快復をお祈りいたします。

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2000年8月

No.46[脳症による後遺症の息子さんを持つお母さんから]

 初めて、このホームページをみました。

 私もどうしても話しを聞いていただきたくてメール出しました。

 1999年1月16日、2歳4ヶ月の長男がけいれんをおこし救急車で病院に運ばれました。

 その日、微熱があった息子は機嫌もよく、いつもと変わらない様子でした。

 けど、夜になって耳のあたりを指して、「痛い!痛い」って言っていました。

 今思うと、それは頭がとても痛かったんだと思います。

 その日は土曜日だったこともあり、私は主人と一緒にすぐ救急病院に連れて行きました。

 診察の結果、ただの風邪だということで薬をもらい家に帰りました。

 でも、その日の夜中にけいれんをおこしました。

 今までも息子は熱性けいれんを何度かしていたのですが、その時のけいれんは今までのとは違い、左右片方ずつのけいれんでした。

 時間も長く、病院に着いてからやっと止まりました。

 45分ぐらいのけいれんでした。

 それから、息子は呼吸が止まり人工呼吸機をつけて3日間過ごしました。

 医師からは、「覚悟をしていて下さい。」と言われました。

 それでも、なんとか命は助かり、最初の検査の結果は細菌性髄膜炎でした。

 でもその後、再度の検査の結果、脳症、脳炎でした。

 息子は意識が戻っても、今までの息子とはまったく違いました。

 本当に生まれたばかりの赤ちゃんみたいでした・・・。

 一週間後、この病院ではこれ以上治療ができないと言われ、違う病院に移ることになりました。

 その病院までは車で3時間かかるため救急車での移動となりました。

 救急車の中で、一緒に付き添っていただいた主治医から、「この子には、おそらく重度の後遺症が残る。」と言われました。

 私は思わず感情的になり、「そんなことない!また元気になる。私の息子なんだから!」って先生に叫んでしまいました・・・。

 そして、新しい病院での生活が始まりました。

 24時間点滴をして、検査ばかりの毎日でした。

 息子はそんなストレスからか、私を噛むようになり、夜もまったく眠りませんでした。

 一日中泣いていました。

 そんな息子をみて辛くて仕方がありませんでした。

 でも、本人はもっと辛かったはず・・・。

 それから、一ヶ月ぐらいして普通の小児科病棟に移りました。

 その頃にはすこしの間だけお座りもできるようになり、ごはんも食べるようになりました。

 そして、大好きだったアンパンマンやトーマスの本をみて笑うようになりました。

 そして一ヶ月後の退院の時には、まだ不安定だったけど、一人で歩いていました。

 それからは、リハビリに行ったりしていました。

 退院から二週間後、病気になる前まで話していた言葉が急に戻りました。

 夜中にハッと目を覚ますと息子が「ママ」って言ってたんです。

 涙がとまりませんでした・・・。

 そして現在、息子は歩くことも走ることもできて、リハビリにも通わなくてもいいようになりました。

 病院には月に一回通い、けいれん予防の薬も飲んでいますが、毎日2歳の妹とケンカしながら、元気に遊んでいます。

 でも、たった一つだけ心配なことがあります。

 それは、息子は来月で4歳になるのですが言葉が遅いのです。

 医師にも相談しましたが、それが脳症の後遺症なのか、たんに個人差で言葉が遅いのか分からないそうです。

 今、息子が話せるのはパパ、ママや妹の名前、好きなキャラクターの名前、ちょっとした2語文です。

 あ・い・う・え・お・から、んまでは、私の真似をして言えるのですが、言葉を何文字も続けて言えないのです。

 病院では、2歳ぐらいのレベルと診断されました。

 このホームページをみて、うちの息子はとってもいい方だと思いました。

 お子さんを亡くされた方や、今でも重度の後遺症とたたかっている方の気持ちになると、言葉にも言い表せません・・・。

 でも、私も息子が話せるようにいろんなことをしてあげたいんです。

 どんなことでもいいので、情報が欲しいです。

 脳症後、うちの息子と同じような症状になった方はいないでしょうか。

 どんなことでもいいので、教えてください。

 お願いします。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、うれしく思います。

 息子さんが脳炎・脳症にかかられて後、ずいぶん回復されたようですが、言葉に遅れがあるとのこと、ご心配のことと思います。

 早速、お伺いの件ですが、病院の方では「言語療法(ST)」は受けておられるのでしょうか。

 もし、受けておられないようでしたら、かかりつけの病院又は市町村の保健センターに相談されてみてはいかがでしょうか。

 また、私たちが入会しているインフルエンザ・脳症 親の会「小さないのち」の会員さんの中にも、言葉に遅れのある方がいらっしゃるそうです。

 その方は民間の塾のようなところだと思うのですが、「七田チャイルドアカデミー」というところに通っていらっしゃるとのことです。

 まずは、とりあえず、お返事まで。


No.47[心理学専攻の大学院生の方から]

 はじめて、メールを出させていただきます。

 私は、大学院で心理学を専攻しています。

 なぜ心理学専攻の学生がメールを送ってよこしたのか不信に思われるかもしれません。

 私がメールする理由を以下に述べさせてもらいたいと思います。

 私は、大学のある研究機関で、障碍をもったお子さんたちとかかわっています。

 そこに来談されるお子さんは脳性まひのお子さんやダウン症のお子さん、自閉性障害のお子さんなどです。

 そのようなお子さんが多い中、今年度から私は、インフルエンザ脳症をもったお子さんのケースを担当するようになりました。

 私は、そもそもインフルエンザ脳症がどのようなものであるのかさえ知りませんでした。

 それゆえに、その子に対する療育やリハビリテーションをどのように進めていくのか、手探りの状態です。

 少しでも情報収集をしようとインターネット上をさまよっているうちに、彩花ちゃんのホームページに出会いました。

 私は、インフルエンザ脳症・脳炎の後遺症へ、医学からでなく心理学から何らかのアプローチをしていきたいと思っています。

 そこで勝手ながら、今現在、どのような療育機関がどのような療育をしているのかを教えていただきたいと思っています。

 勝手なお願いですが何か情報がいただけると大変ありがたいです。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になり、メールをくださってありがとうございました。

 心理学の面から、インフルエンザ脳炎・脳症についてアプローチされたいとのお言葉、うれしい限りです。

 ご協力はおしみませんと言いたいところ、誠に恐縮ですが、実際のところ、たくさんの情報は持ち合わせておりません。

 インフルエンザ脳炎・脳症の後遺症といっても、障害を受けた脳の部位、ダメージの大きさによって、個人差があります。

 また、インフルエンザ脳炎・脳症へのアプローチは、脳炎・脳症以外に起因する脳障害へのそれと、共通するところも多いのではと思います。

 また、私たち以上に、もっと様々な方法を経験されている方も、おられることと思います。

 どうぞそのあたりをお含みください。

 それでは、私たちの娘の経験を簡単に述べさせていただきます。

 平成10年2月(3歳11ヶ月) 発病・入院
       4月 PTを受ける
        5月 訓練を目的に転院し、OT、PT、STを受ける

  
     6月 退院し、引き続き外来でOT、PT、STを受ける
  
     8月 心身障害児総合療育センターに母子通園開始し、保育、OT、PT、STに加え、心理相談を受ける
       10月 療育センターと併行して、市の療育教室の母子通園開始
  
  11年3月 療育センター卒園
 
      4月 市の療育教室と併行して、保育園入園
            OT、PT、ST、心理相談は療育センターの外来で継続
    12年3月 市の療育教室、保育園ともに卒園
        4月 地域の小学校の障害児学級入学
           OT、PT、ST、心理相談は療育センターの外来で継続   以上です。

 それでは、今後のご活躍をお祈りいたしております。

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2000年9月

No.48[急性脳症で娘さんを亡くされたお母さんから]

 初めてお便り致します。

 私の娘も急性脳症に罹り、僅か3日で4才6ヶ月という幼い命を、落としました。

 あまりにも突然の出来事に、家族はぼう然とし、それを現実として受け止めることがせいいっぱいで、それがどんな病気であるのかなど、お医者様に伺う事すらせずに冷たくなった身体をだいて、家に帰りました。

 2月23日、とても寒い日でした。

 葬儀やら、しばらくはバタバタとして忙しく過ごしましたが、落ち着いてくると、色々な疑問が頭を駆け巡り、あれこれと書物を開き、やがてこちらのHPにたどり着きました。

 あやかちゃんが、元気になって本当に良かった。

 あやかちゃんが、生きている。

 抱きしめられる。

 温もりがある。

 ご両親も、あやかちゃんも、たくさん、たくさん頑張ったんだね。

 私もこの大っきな悲しみに負けない様に、頑張ろうと思います。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことありがたく思います。

 娘さんを亡くされてから、半年が経過されたとのこと、それもわずか3日という突然の出来事であったとのこと、私たちにはお子さんを亡くされた親御さんの深い悲しみを理解することは到底できないことと思っています。

 しかし、インフルエンザ・脳症 親の会 『小さないのち』の「つどい」に参加するたびに、お子さんを亡くされた親御さんのお話を伺わせていただいており、お気持ちを分かち合えるものなら、分かち合いたいと思っています。

 もし、私たちでよろしければ、娘さんのことなどお聞かせいただけるとありがたいです。

 それでは、亡くなられた娘さんのご冥福をお祈りいたします。

[同じお母さんから]

 こんにちは。

 お忙しい中、メールを下さり、どうもありがとうございます。

 そして、暖かいお言葉に感謝いたします。

 娘が、亡くなるまでの経緯を、聞いてください。

219日 (土)

 朝から、388分の発熱。

 以前に、発熱して身体をビクビクさせる事が2度程あったため、痙攣を起こすのを恐れ、午前6時半頃、座薬を入れ37度台に下げる。

 近くの医院で診察を受けシロップの、飲み薬と座薬をもらう。

 食欲もなく、大好きな牛乳も、ジュースもあまり飲まない。

 が、「熱があるから仕方がないな。」と思っていた。

 飲み薬を飲ませ、お昼ねをさせようと添い寝してお布団に入る。

 私もウトウトし始めた午後2時半頃むっくりと身体を起こしたかと思うと、突然吐いた。

 何度か吐いたが、あまり食べてなかったので吐くものが無く、胃液のようなものしか出なかった。

 「おなか、いたいよう。」と、身をよじるので、「これは、おかしい。」と思い、先程、診てもらった医院に電話して再び診察をお願いし、主人と2人で娘を連れて行く。

 レントゲンを撮り、医師に「便秘だよ。水分が足りないんだ。」と言われ、浣腸した。

 便を出すとお腹を痛がらなくなったので、とても安心した。

 レントゲンを撮った後に、透き通った黄色い液体を吐いたのでとても異様に感じ、医師に聞くと「胆汁でしょ。」と、淡々と答えられ、それについての説明は無かったので、「あ、大した事は無いのか・・・。」と、思いそれで納得した。

 吐き気止めの座薬をもらったが、以降、吐き気は無かったので使うことは無かった。

 その日は、食欲は無いものの高熱にもならず、ハムスターを手に持ったり、お姉ちゃんと遊んだりして普段と変わり無く床に着いた。

220日 (日)

 朝から、402分という高熱に驚く。

 午前7時半、座薬を入れるが期待するより下がらない。

 食欲は無く、牛乳やジュースを飲ませようとしてもあまり飲まない。

 日曜日だし、昨日、薬も座薬も頂いてあるので、静かに家で様子を見る事にした。

 この時、私は間違った判断をしたと深く後悔している。

 救急病院などに連れて行ってれば、こんな、不幸にはならなかったかも知れない。

 午後2時半頃、再び座薬を入れるが、あまり下がらない。

 「これで、下がらなきゃ急患センターに連れていこう・・。」そう、思った。

 5時半頃、高校受験で朝から出掛けていた、お兄ちゃんと、付き添いに行っていた主人が帰ると、娘は起きあがり、嬉しそうな表情をしたので、気分が良さそうに見えた。

 熱を計ると、37度台に下がり「やっと、下がったー。」と言って、すごく安心した。

 しかし、8時半過ぎ、再び熱は上がり417分にまでなった。

 主人と、私は車で30分程の急患センターへ娘を連れて行ったが、着いた時には意識不明となり、そこから救急車で、救急病院へ転送され、「急性脳症」と診断された。

 「生命も、極めて危険な状態。」と言われ、設備のある大学病院へと再び転送される事になった。

221日 〈月)

 大学病院に入った頃には、もう日付けが変わっていた。

 娘はICUに入り、検査、治療を受け、私達は長いときを過ごして待った。

 医師からは、「何らかのウイルスによる、出血傾向を伴なう急性脳症であり、意識障害、呼吸障害、脳死亡。肝臓、腎臓からの出血及び機能低下。」と、説明された。

 そして、命が助かる見込みは、55分であると。

 鼻血が止まらず、輸血を受ける。

222日 (火)

 腎臓が、機能してない状態となり、おしっこが全くでなくなり、娘の顔がかなり浮腫み始める。

223日 (水)

 腎臓全く機能しなくなった為、透析をすると、医師から説明を受けるが、数時間後、血圧が著しく低下し始め娘は、再び目を開けてくれることなく静かに息をひきとった。

 とっても、長くなってしまいましたが、こんな信じられない出来事があったことを、多くの人に知ってほしい。

 いったい、どうしてこんな事になったのか知りたい。

 そんな思いで綴りました。

 大学病院の医師は「今の医学では原因は、わからないが・・。」と、言っておられました。

 一時も早く、この病気の原因を突き止め、予防できる日が来るように、私達のこの悲しい体験がどこかで、何かの役に立つのであれば協力したいと思っています。

 [返事]

 このたびは、娘さんのご病気の経過をお聞かせいただき、ありがとうございます。

 わずか数日のうちに、我が子がこの世からいなくなってしまうなんて・・・。

 改めて、この病気の急変、進行の速さに驚くとともに、憤りのようなものを感じます。

 亡くなられる前の3日間が、淡々と書かれていることに、思い出されたくない凄絶なものがあったのではと推察し、申し上げる言葉もありません。

 私たちも、娘が重度障害児になってしまったことについては、未だに自分自身を責めてしまいます。

 ひきつけにもっと早く気づいていれば・・・
 熱性けいれんではと様子を見ていなければ・・・
 救急車を呼んでいれば・・・
 高度な医療をしてやれば・・・ など、その時点、時点で後悔の種がくすぶっています。

 「小さないのち」の会員さんの中には、発病後、「即入院になるから準備を」と医師から指示を受け、帰宅している最中に急変され、お子さんの死に目にも会えなかったと、後悔されている方もいらっしゃるそうです。

 本当にこの病気の原因究明、予防法、治療法の確立を願ってやみません。

 そこでお願いなのですが、今回いただいたメールの内容につきまして、私たちのHPに掲載させていただきたいのですが、いかがでしょうか。

 娘さんのご経験がどなたかのお役に立つかもしれないと思いますので、ぜひお願いしたいと思います。

 それでは、よろしくお願いします。


No.49[インフルエンザ・脳症 親の会 「小さないのち」の一般会員の方から]

 はじめまして。

 こちらのHPを拝見させて頂くのは二度目です。

 涙・涙だった事と身近で子供を亡くした友人が居て、このHPを拝見させて頂き、接し方を含めとても考えさせられた事を覚えています。

 もちろん友人にもこのHPを紹介させて頂きました。

 彼女も勇気づけられた事と思います。

 このHPは私が参加している育児サークルでも勝手ながら紹介させて頂きました。

 私は一般会員として小さないのちに参加させて頂いております。

 今は来月開催される大阪でのシンポジウムのポスター貼りを頑張っています。

 坂下さん(親の会会長)の頑張りに比べれば足下にも及びませんが・・・・・。

 現代の医学でも解明できていない今、こうした情報はとてもありがたいものです。

 そしてこれを読み私の友人のように救われた方がたくさんいらっしゃることでしょう。

 たくさんの方が興味を持ち、厚生省や病院単位でももっと動いてくれる事を願っています。

 小児医療の充実も・・・。

 これからも頑張って下さい。

 陰ながら応援させて頂きます。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけたことうれしく思います。

 お子さんを亡くされたご友人や育児サークルの中にまで、私たちのHPをご紹介いただいているとのこと、ありがたい気持ちで一杯です。

 このようなことをお知らせいただけると、私たちの方が勇気づけられます。

 微力ですが、更にHPを充実していきたいと思います。

 ところで、「小さないのち」の一般会員でいらっしゃるのですね。

 この会にも力を貸してくださっていることをありがたく思います。

 今度のシンポジウムも娘の体調が良ければ参加しようと思っていますので、会場でお会いできるかもしれませんね。

 それでは、これからよろしくお願いします。


No.50[急性脳症による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして。

 彩花ちゃんのHPみました。

 見ているうちに、以前、知人が彩花ちゃんの新聞の切抜きを送ってくれたことを思い出しました。

 読んでいて私も同じ思いで涙したことを思い出しました。

 うちの子も、彩花ちゃんと同じ歳に病気になりました。

 急性脳症です。

 うちの子は風邪をひいていたのですが、治りかけのころ、急に意識障害になり、その後痙攣がとてもひどく、点滴の薬で抑え、人工呼吸器に5ヶ月つながれ、点滴の薬が抜け、内服になるまで、1年1ヶ月かかりました。

 今思うと本当によく生きていることができたなあと思う反面、寝たきりの状態になってしまうことがかわいそうで毎日泣いてばかりいました。

 でもいろんな人に支えられ今日までなんとかきました。

 彩花ちゃんのHPを見てうちの子と同じような病気になってもがんばっている子や、家族の方を見てとても励まされました。

 うちの子は現在7歳、養護学校の訪問教育を受けています。

 気管切開をしていて、どこに行くのも吸引器を持っていきます。

 食事は胃ろうを作ったので、そこから摂取しています。

 月に2回、ボイタ法を受けに行っていますが、昨日行ってきたのですが、先生がするのはかなりきついので泣いていました。

 声は出ないので喉で泣いています。

 見ているほうはつらくなります。

 遅れましたが、うちの子は女の子です。

 現在、うちの子が抱えている問題は紙オムツのことです。

 申請したところ、却下されました。

 理由はうちの子が中途障害児であるからということです。

 同じ一種一級でも生まれつきの子には支給できても、うちの子には支給できない。

 頭にきました。

 ですので、市に不服申し立てしているところです。

 このことは他の方でもそうなのでしょうか?

 もし、ご存知のことがあれば教えていただけないでしょうか。

 はじめてのメールなのにたくさん書いてしまってすいません。

 また、彩花ちゃんの学校の様子など教えてください。

 もうすぐ、訪問看護婦さんが入浴介助にくるので失礼します。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことうれしく思います。

 娘さんは、一命は取り留められたものの気管切開をされ、どこに行くのにも吸引器が必要とのこと、ここにも急性脳症で苦しまれた方がいらっしゃったのかと思うと、やるせない気持ちで一杯です。

 また、ご家族は日々介護に追われ、心休まらないこととお察しします。

 さて、早速ご質問の件ですが、どういう理由かは分かりませんが、「中途障害だから」というのは不公平に感じます。

 しかし、私たちの加入している「インフルエンザ・脳症 親の会 小さないのち」の情報によりますと、

 『おおむね3歳までに発病した者で、脳性麻痺などの脳原性運動機能障害により、排尿もしくは排便の意思表示が困難な者で、子供の場合は指定育成医療機関又は保健所の判定により、紙おむつなどの用具類を必要とする者』 が対象になるとのことです。

 この『おおむね3歳まで』を杓子定規にとらえられ、却下されてしまったのではと思います。

 『おおむね』である以上、「例外」があってもおかしくない訳で、可能性は残っていると思います。

 また、結果がでましたら、お知らせいただけるとありがたいです。

 ちなみに私たちの住んでいる市では市の独自事業として、「紙おむつ券の助成」があります。

 「3歳以上65歳未満の常時紙おむつを必要とする者」と対象が広く、私たちはこちらの方を利用しており、助かっています。

 さて、彩花の学校での様子ですが、小学校の障害児学級におりますので、運動会も1年生の全種目に参加させていただくなど、体育、音楽、生活科を中心に交流をさせてもらっています。

 ただ、知的障害が重くまだまだ赤ちゃんのような状態なので、「みんなと一緒にする」というよりは「みんなの中にいる」という感じです。

 お友だちからの刺激を受けて、成長していくことを期待しているところです。

 それでは、寒くなって参りましたが、お身体にはお気をつけください。

 娘さんの更なる快復をお祈りいたします。

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2000年10月

NO.51[お子さんがヘルペス脳炎に罹られたご友人をお持ちのお母さんから]

 はじめまして!

 友人の子がウイルス性ヘルペス歯肉口内炎からヘルペス性脳炎になり後遺症を調べていた所、HPを拝見しました。

 今は日々の検査の結果を待つ毎日ですが、これから先の生活を考えると、夜も眠れない日が続いているようです。

 友として子を持つ親としてかける言葉もみつからず、半年後でも1年後でも、彼女が何か打ち明けてくれた時に 少しでも協力ができたらと思い、資料を集めています。

 メールへのお返事で、佐藤せつ子著「息子が笑った−知的リハビリの記録」という本を紹介なさっていましたが、 私もこの本を購入したいと思い探したのですが、ルックという出版社も本自体もみつかりません。

 出版元か販売元の連絡先、住所等おわかりでしたら教えて頂けませんか?

 自分事の勝手なお願いで申し訳ありません。

 ご家族のこれからの日々がより穏やかであられる事を心から願っております。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、ご友人のお子さんがヘルペス脳炎にかかられ、何か資料はないかとお探しとのこと、ご友人へのやさしさに対して、同じ後遺症を持つ親として、うれしい気持ちでいっぱいです。

 ぜひ、ご友人のことを温かく見守ってあげていただければと思います。

 さて、お問い合わせの件ですが、検索サイトのgooで書籍検索をかけましたところ、次の結果がでましたので、参考にしていただければと思います。

 また、「ルック」の連絡先は(03)3942−3950と聞いております。

 なお、内容的には成人されてから発症された方のお話ですので、ご友人のお子さんとは状況が異なるかもしれません。

<検索結果>
息子が笑った―知的リハビリの記録

ISBN:4947676280
221p 19cm(B6)
ルック
(1995-09-10出版)   ・佐藤 せつ子【著】
NDC分類:916 本体価:\1,650
息子に突然襲いかかった病気…医療過誤により脳障害が残った。
手探りではじめたリハビリの記録。

1章 脳障害の息子とともに
2章 死なせてなるものか
3章 記憶がやられている
4章 睡眠不足で体力限界
5章 ぼくはだれ?
6章 知識面と現実認識のアンバランス
 

この商品は在庫がございませんのでお取り寄せになります。
この書籍は、「日本書籍協会総目録」に存在します。
出版社から取寄せ入手可能とされています。

 −以上です−

 取り急ぎ、お返事まで。


No.52[突発性発疹からくる急性壊死性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 彩花ちゃんのお父さま、お母さま、はじめまして。

 先日TVを見ていたら「インフルエンザ脳症にかかった子どもを持つ親の会」で会合があった、というニュースがありました。

 そういう会の存在を知らなかったので、とうとう出来たんだなぁと思い、INETで検索をかけてみました。

 そこで、HPの存在を知りました。

 HPの内容もゆっくりとは読むことができていない状態で、メールを差し上げるのはご無礼なことなのかも、とも思いましたが今までなかなか同じ病気の経験を持った方と巡り合えずにいましたので、一度お話をさせて頂きたいなぁ、とちょっと興奮してしまっています。

 我が家の息子は、丁度3年前、1歳3ヶ月の折に、突発性発疹が原因の急性壊死性脳症になり、現在リハビリに励んでいます。

 ひょっとすると彩花ちゃんと同じ時期だったのではないでしょうか?

 当時はあまり「脳症」がメジャーではなく、最初に入院した病院ではなかなか「脳症」と診断されず、ひきつけへの対応などが後手後手に回ってしまいました。

 今思うと、あの時こうであれば、と悔やむことも沢山あります。

 でも、不自由な手や足で、大地をふんばろうとする息子をみていると凹んでいるヒマなどないわ、って考えて、できるだけ明るく前向きであろうと毎日まいにちを過ごしています。

 大阪でしたら、我が家からでもなんとか出かけて行ける距離ですので、また会の方にも参加させて頂きたく思います。(郵便振込をするだけでよろしいのですよね?)

 同じ突発性から脳症をおこされた娘さんのお母さまのメールがあるのに気付きました。

 うちの方が先輩ですね。(もう3年も経っていますから。)

 息子も退院時(発病から3ヵ月かかりました)は鼻チューブでしたが今はすっかり普通食を美味しそうにパクパクと食べています。

 問題がないようでしたら、私のメールIDを彼女にお伝え願えませんでしょうか?

 彩花さんの経過を読ませていただくと、原因ウイルスによって障害の出る部分というのが違うのではないかという気もしますから、息子のこれまでの症状の経過をお伝えすることによって、このお母さまの参考や励みになるのではと思います。

 うちの子どもは、表情や、言葉の判断は割合しっかりとしていますが、発語が遅れており、体機能もずりばい程度です。

 随分と彩花さんとは違いますよね?

 歩けるなんて本当に羨ましいです。

 息子も大好きなお散歩が自分の足でできるようにまだまだ頑張ります。

 よろしくお願い致します。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧いただき、メールをくださったことうれしく思います。

 息子さんは、突発性発疹からの脳症だったのですね。

 脳症があまり知られていない時期であったことや対応が後手に回ってしまわれたとのことから、発病当初は先の見えない不安に押しつぶされるような思いでいらっしゃったのではないかとお察しします。

 しかし、現在は食事も普通食で言葉の判断はしっかりされているとのこと、この3年間の息子さん自らのお力とお母さんのご努力が結びついたものなのでしょうね。

 彩花の方は、運動面の回復は目を見張るものがありましたが、知的レベルが生後9ヶ月程度でしかなく、コミュニケーションがとれないのが、現在の最大の悩みです。

 おっしゃるようにウイルスによって、後遺症の程度が異なるのかもしれませんね。

 彩花の場合、脳のCTなどを見ると、大脳全体が萎縮して小さくなっており、人間特有の知的な部分がやられてしまったのは、このせいかなと思っています。

 さて、突発性発疹で脳症にかかられた方との情報交換をご希望とのこと、ありがとうございます。

 このようなお申し出があることをうれしく思います。

 とりあえず、先方さまに情報交換を希望されている方がいらっしゃる旨、お伝えさせていただき、ご希望されましたら、メールアドレスをお教えすることにしたいと考えております。

 また、「小さないのち」への入会につきましては、坂下会長の方までご連絡をされてからの方がよろしいかと思います。

 私たちのHPの「患者会などの情報」のページに連絡先を掲載しておりますので、ご参照ください。

 それでは、息子さんの更なる回復をお祈りいたします。


No.53[風邪が悪化して意識不明になられたご近所の方をお持ちのお母さんから]

 あやかちゃんだより、読ませていただきました。

 私ももうすぐ4歳になる娘と1歳2ヶ月の息子の母です。

 去年、近所の20歳の女の子が同じようにかぜが悪化して意識不明になって入院しました。

 今は落ち着いて退院はしたものの、やっと身の回りのことができるようになったようです。

 記憶はまだもどらないところもあるそうです。 

 ご家族の方々も今に至るまでは本当に大変だったことでしょう。

 状況を受け入れるまでがつらいですよね。

 これからも読ませていただきます。

 お体に気をつけて、お互いがんばりましょう。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、うれしく思います。

 また、私たちの心境をご理解くださる内容のメッセージに心温まるものを感じました。

 ご近所に成人された方で風邪から意識不明になられた方がいらっしゃるとのこと、もし何らかの情報を探しておられるようでしたら、その方のご家族に私たちのHPについて、お知らせいただけるとありがたいです。

 「みなさんからの反響」のページには成人で脳炎になられた方のメールを何通か掲載していますので、お役に立つかもしれません。

 それでは、いよいよインフルエンザの流行する冬を迎えます。

 お子さん共々、お身体にはお気をつけください。

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2000年11月

No.54[急性脳炎による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 初めてメールを送ります。

 私の娘も、3歳になった次の日に急性脳炎になってしまい、現在は4歳になりました。

 運動機能はなんとか大丈夫で、後遺症はてんかんの発作と言語障害と知的能力の低下などを持っています。

 発作がかなりしつこくて、薬でも完全に止める事ができません。

 まだまだ落ち着かない日々を送っていますがあきらめず、前向きに頑張っています。

 色々と大変な事が多いと思いますが、可愛い娘のため!!

 頑張りましょう!!

 またメールさせて下さい。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、うれしく思います。

 娘さんは急性脳炎にかかられ、1年が経過されたとのこと、未だ戸惑いと不安の中で生活されておられることとお察しします。

 メールを拝読し、私たちの娘と似た後遺症をお持ちなのだなと感じました。

 彩花の今の状態としては、てんかんの発作は、大きなものは治まったものの、未だにカクンとうなずくような小さなものが残っております。

 また、運動面は階段の上り下りは困難ですが、平坦なところでの歩く距離は伸びてきました。

 知的な面は生後9ヶ月程度と言われており、知的な面の遅れが最も気になっているところです。

 しかし、1年単位で見てみれば、遅々としているものの明らかに成長しており、まだまだ期待できると信じております。

 娘さんもリハビリなどに励んでおられることと思いますが、お互い娘の可能性を信じ、努力していきたいものです。

 それでは、娘さんの更なる回復をお祈りいたします。

 [同じお母さんから]

 その後、調子はいかがですか?

 私の所は、今月検査入院をします。

 病院は、東京都立神経病院です。

 この病院は 神経に関しては、かなり良いらしく、病院の隣に 神経研究所というのがあって、そこと手を組んで 色々治療をしています。

 特に、脳外科は良いみたいですよ。

 最先端の技術を持っていると思います。

 もし、病院を知りたい人がいたら、教えてあげたいです。

 1度は、診察を受けても良いんじゃないかと思います。

 全国から皆、集まってくるみたいです。

 情報は、いっぱいあったほうがいいですよね・・・?!

 では、今後もよろしくお願いいたします。

 お互いに、前向きに元気にがんばりましょう!!

 更なる回復をお祈りしています。


No.55[川崎病の息子さんを持つお母さんから]

 はじめまして

 何を書いたら良いか分からないぐらい気持ちが動揺しています。

 凄く感動と言うか、元気をもらったのですぐに返事をしようと思いました。

 うちの息子は、現在2才9ヶ月です。

 生後6ヶ月で発熱したときは育児書通り突発性発疹だと思っていたのが5日間熱が下がらなくそのうち唇が真っ赤になり「川崎病」と診断され3週間の入院をしました。

 その後経過は良いですが1年に一度心電図とエコーを取リに行っています。

  その後生後10ヶ月にミルクと卵アレルギーと診断され1才7ヶ月から現在まで気管支が弱いのかすぐに風邪をひくと肺炎に罹り3ヶ月のペースで入退院を繰り返しています。

 今まで3回熱性けいれんも起こしました。

 もうすぐ5才のお姉ちゃんもいるし、この5月から主人が単身赴任になってしまい、私一人で頑張らなくては、と力が入り過ぎているせいか、いつも息子が「コホンコホン」という咳と熱がでるともう私の頭の中はパニックになってしまいお姉ちゃんが私に話し掛けてもちゃんと聞いてあげられない状態になってしまいます。

 前回の入院はやっと落ち着いてきたかと思ったらまた熱が出てしまい息子を抱えて身を投げようかと思ったぐらいでした。

 でも、子供には将来があるんだから私が絶つ事は出来ないと思いそんな思いをした事を恥じましたが、HPを拝見させていただいて自分が恥ずかしくなりました。

 あやかちゃんはきっとまた「おかあさん」と言ってくれますよ。

 勇気と力をいただいてありがとうございました。

 [返事]

 はじめまして。

 この度は私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 息子さんが生後間もなく川崎病になられ、何度も入退院を繰り返しておられるとのこと、また、ご主人が単身赴任でいらっしゃるとのこと、お母さんのご心労がいかばかりのものか、私たちに想像することはできません。

 しかし、娘が入院するたびに、病院で付き添っているだけで、精神的にも肉体的にも疲労が蓄積していくのを感じています。

 また、退院後も風邪などをひけば、また急変するのではないかと不安になり、神経が張りつめてしまいます。

 そのような中で、疲れから娘の世話を放り出したくなることもありますが、何とかくじけず続けられています。

 お互い我が子のため、無理のない範囲でできるだけのことをしていきたいものですね。

 それでは、寒い冬を迎えます。

 お身体にはくれぐれもお気をつけください。


No.56[急性脳症による後遺症の息子さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして、HP拝見させていただきました。

 うちの息子は、今、7歳で今年養護学校の1年生になりました。

 1歳9ヶ月の時に大きな痙攣を起こし急性脳症と診断されました。

 といっても、病名が付いたのは、入院して2ヵ月後なのですが....

 生後9ヶ月から、熱性痙攣は何度も起こしてはいたものの、熱性痙攣だから薬も必要ないと言われ本人も薬嫌いだったのでのんでいませんでした。

 悪夢の日は、2日位前から熱はあったものの、元気で、午後、病院に、行く日だったので、昼前に少し寝かせておこうと布団に寝かせ、少しすると、かいていたイビキが止まったのです。

 見ると痙攣を起こしていたので、すぐ医者に行きましたが、病院に着いた時には、痙攣も治まっていてコーヒー牛乳を2本飲んで帰ってきました。

 夕方、子供番組を、パパの膝の上で見ていた息子が突然ピヨーンと黒ヒゲゲームのように、飛んだのです。

 慌てて、病院に行き、入院しました。

 翌日は、薬が、強かったので眠っていたのですが、夕方、一度、目を覚ましたので、名前を呼ぶと返事をしたので、とりあえず安心して私たち夫婦は帰りました。

 翌朝、パパが朝6時頃、気になるから行って来ると、早めに病院に行くと、個室で一人、息子は、痙攣を起こしていました。

 その日から、病気との戦いが始まりました。

 勿論、歩くことも,しゃべることもすべて失ってしまいましたが、生きていてくれたこと、笑ってくれることに感謝して毎日生活しています。

 急性脳症からの移行で難治性てんかんのレノックス症候群という病気と戦っています。

 昨日は、数年ぶりに、大きめの発作を起こし、救急車を要請し大騒ぎでした。

 HPを拝見し、急性脳症と診断されている方の多さに驚いています。

 うちだけではないんだと、気持ちも楽になりました。

 また、メール入れさせてください。

 それでは・・・

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくっださったこと、ありがたく思います

 息子さんが急性脳症にかかられてから、ずいぶんと年月が過ぎておられるにもかかわらず、難治性のてんかんに苦しんでいらっしゃるとのこと、いつ発作が起こるか分からない不安に悩まされていらっしゃるのではと、お察しします。

 また、発病時の何度となく襲う痙攣の様子に、ただならぬものを感じました。

 今、お医者さんの間でも、単なる熱性痙攣なのか、脳症の痙攣なのか見極めが大切であるといわれているようですが、実際にはその区別はなかなか難しいようです。

 厚生省の研究班がインフルエンザ脳症の研究を行っていますので、見極めの方法や治療法、原因の究明が行われることを期待しているところです。

 彩花も小学1年生です。

 養護学校に行くようにと勧められたのですが、保育園のお友だちとの関わりを大切にしたいと思い、地元の小学校の障害児学級に通っています。

 また学校の様子など情報交換させていただければと思います。

 それでは、息子さんのてんかんがうまくコントロールされ、更に快復されることをお祈りいたします。


No.57[インフルエンザで入院されたことのある娘さんをお持ちのお母さんから]

 はじめまして

 インフルエンザの情報を検索中、あやかちゃんのHPにたどりつきました。

 私の娘は平成6年の2月生まれ。

 あやかちゃんと同い年でしょうか。

 5歳を迎える一月前にインフルエンザにかかりました。

 その日の夜は、娘は異常なほど興奮状態で、今みている夢をそのまま口に出しているかのように、寝ながらもずっとしゃべり続けていました。

 熱のため仕方ないのかと思いましたが、私もついウトウトとし、明け方5時過ぎ、気がつくと、娘はまだしゃべっていました。

 おかしいなと、しばらく見ていましたら、突然痙攣を起こしました。

 熱は40度近くにあがっていました。

 救急車で運び、痙攣止めと解熱剤で、少し落ち着き、家に戻りました。(でも、娘はこの時のことは何も覚えていないそうです)

 9時を過ぎて、総合病院で診察を受け、熱もひいていたので、様子をみることになりました。

 ただ、種類はわかりませんでしたが、最初の医院ででた解熱剤が厚生省から注意されていたものということで、別の薬を処方されました。

 新しく処方されたのはボルタレンでした。(当時はまだ問題とされていませんでした)

 娘はその日、すっかり元に戻ったかのようでしたが、次の日の夜から再び高熱を出しました。

 週末で病院は休み。

 月曜の朝まで、ほとんど寝ずの看病でした。

 氷のような手足で全身ガタガタと震える娘を温め続け、熱があがりきれば解熱剤を入れて冷やしつづけることの繰り返し。

 特に夜は熱が高くなるため、夕方頃になると、胸がしめつけられるような、どうしようもない不安が押し寄せてきました。

 夜の闇が震えるほど怖いと思いました。

 娘を励まし、おろおろとする私の母に「大丈夫、大丈夫」と強がってみせ、実は私が一番怖くて何をすればいいのかわからず、「お願いだから、誰か私を助けてよ!」と心の中で叫んで、トイレの中で、台所の隅で、隠れて一人泣きました。

 結局娘は気管支炎がひどくなり、月曜から入院となりました。

 入院が決まった時は、本当に救われたような気がしました。

 ちょうどその頃、脳症で亡くなる子供たちのニュースが毎日のように新聞に載り、ご家族の気持ちを思うと、涙が止まりませんでした。

 私の場合でさえ、あの不安な想いは心から消えることはありません。

 夜が来ることや、救急車のサイレンが怖くて涙が出たりすることは今でもあります。

 子供の風邪や熱には、異常なほど神経質になってしまいます。

 ましてや、子供たちを亡くされたお母さんたちの場合、心の傷や不安を誰が救ってくれるのだろうか・・・

 大震災のとき、子供たちの心のケアが叫ばれたように、お母さんたちを今救ってあげて欲しいと心から願いました。

 しばらくして、脳症で子供たちを亡くされたご家族の会ができたと新聞で見て、少しほっとしました。(このような会をつくらなければいけない事実があったことはとても悲しいことですけど)

 娘は、その後高い熱を出すたび、軽いけいれんを起こすようになり、てんかんの脳波も確認されましたが、高い熱の時だけの発作ということで、経過観察中です。

 たまに夜きょう症も出るので、コワイです。

 近頃は信じられないくらいの力で暴れるので・・・

 でも、一年生になってかなりからだも強くなりました。

 どんな小さなことでも、何か前進があれば、とても嬉しい毎日です。

 あやかちゃんは今どうされているのでしょう。

 また風邪の季節です、ウイルスたちがあやかちゃんの所を飛び越していってくれることを祈っています。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧になられ、メールをくださったことうれしく思います。

 彩花も6年2月生まれですので、娘さんと同い年ですね。

 メールを拝読し、同じような思いをされていたのだなと感じました。

 本当に、夜の静けさの中で看病していると、孤独感と不安で押しつぶされそうになりますね。

 私たちも彩花の体温が上がるたびに、びくびくしています。

 寝ている間に痙攣が始まるかもしれないと思うと夜も寝られません。

 インフルエンザ脳症でお子さんを亡くされた方も、ご兄弟に対してそのようなお気持ちになられるとうかがったことがあります。

 娘さんは夜驚症とのこと、年齢とともにおさまってくるものとうかがっていますが、その状態を目の当たりにされると、この先どうなるのかとご心配が募られることとお察しします。

 娘さんの状態が良くなられますことをお祈りします。

 彩花は地域の小学校の障害児学級に通っていますが、ずいぶん体力がつきました。

 知的な面が生後9ヶ月くらいと言われており、まだまだ赤ちゃんのようで、こちらの面が伸びていくことを期待しているところです。

 それでは、インフルエンザの季節が近づいてきています。

 おからだにはお気をつけください。


No.58[急性散在性脳脊髄炎による後遺症の娘さんをお持ちのお母さんから]

 あやかちゃんのHP拝見させてもらいました。

 私の娘のことと重なり、途中涙で読めなくなるほどでした。

 3年前、4歳のお誕生日を迎える1ヶ月ほど前に、急性散在性脳脊髄炎を発病しました。

 意識障害や体温の低下、うとうとしてはハッと目をあけてみたり、1週間そんな状態が続いた後、娘はただ目をあけて瞬きすることしかできない体になってしまいました。

 茶目っ気たっぷりに微笑んで、おどけて見せては周りを暖かくしてくれたあの子を返してください、と毎日祈ることしかできない私は自分が異次元の世界へ迷い込んでしまったようでいつも「これは夢なのかな?」なんて泣いてばかりでした。

 今でも前向きに行こうと思ってはいても、どうしようもない悲しみに襲われて、ただ悲しくて悲しくて泣いてしまいます。

 この気持ちは体験した親でなければわからないものなので、今までは自分で何とかしなくっちやっと思っていました。

 HPを読ませていただいて、この気持ちが少しだけ楽になって、そしてきっとそれは私だけではないんですよね。

 娘は今小学校の1年生で、障害児学級に通っています。

 この3年間本当にいろんなことがあり、そしてたくさんの人の暖かい手に触れてきました。

 その中で感じたことは、きっと娘が障害を持ったことやつらく悲しいことがあったことには意味があるんだということ。

 今はわからなくても、いつかわかる日が来ると信じています。

 学校に通い始めるまで、さまざまなことがありましたがようやく3歳程度の知能がつき、会話も増えてきました。

 運動会や学芸会もみんなに誉められてちょっと照れたりしています。

 子供の脳は未知の部分がいっぱいいっぱいあるのだから、未来を信じて明るく頑張りましょうね。

 なんて元気をくれてありがとう・・・!!

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは私たちのHPをご覧になられ、共感のメールをくださったこと、とてもうれしく思います。

 娘さんは「急性散在性脳脊髄炎」という病気なのですね。

 メールを拝読し、こちらにも同じような思いでこの3年間をすごしてこられた方がいらっしゃったのだと思うと胸がつまる思いです。

 私たちもことあるごとに、未だになぜこのようなことになってしまったのかと悲しくなり、いつも前向きにというわけにはいきません。

 私たちの娘、彩花も1年生で障害児学級に通っていますので、同級生ですね。

 これからも情報交換などさせていただければと思います。

 それではお互い娘の可能性を信じ、歩んでいきましょう。


No.59[脳内出血で入院されたことのある息子さんをお持ちのお母さんから]

 14ヶ月の息子がおります。

 HP拝見させていただきました。

 息子の闘病生活を思い出し涙が止まりませんでした。

 息子には今のところ目に見える障害は出てはいないのですが、わたしの体験も聞いていただきたくなりました。

 それは去年の925(土曜日)生後74日目のことでした。

 生まれてから、ダラ飲みダラ寝の手のかかる子だったのですが、その日の朝も普段とまったく変わりの無い愚図り方、寝方、パイの飲み方でした。

 9時ごろいつものようにすごーくむずがりはじめ、汗をかいていたので、お着替えをなんとかさせた後も仰け反る、(今考えれば痙攣ですね)固まる。

 おかしいと思いつつも、病院へ連れていく症状なのか判断がつきませんでした。

 主人は大げさだよと言っていますし、しかし、立って抱いてあやしていたら、すごい吐きかたをしたので、あわてて車で病院へ行きました。

 病院へ着いたのは11時少し前でした。

 待合室で待っている息子には生気がなく、さっきまでは、あんなに泣いて暴れていたのにぐったりしています。

 するとまた体がつっぱたんです。

 すごい力でした。

 そして、目をかっと開いたんです。

 白目でした。

 すぐに順番を飛ばしていただき診察室に入ると、先生は息子を見るなり、「CT」を取るので待っていてくださいと、息子は検査室に運ばれました。

 先生は関連の大学病院に連絡しはじめ、「脳圧が高い」「脳内出血の疑いがある」「検査中だが、すぐに転送したいので受け入れを」などどと話している声が聞こえます。

 信じられませんでした。

 検査から戻ると、先生は「すぐに救急車を呼ぶように」と看護婦に指示し、また大学病院へ連絡すると、やっと説明に来てくださいました。

 「脳室内に大量の出血があるので、こちらでは対処できないので、大学病院へ行ってもらう」というようなことでした。

 ボーっとなってなかなか頭の中で言葉が意味にならない中、当時救急救命の海外ドラマにハマっていたわたしに聞き覚えのある言葉が次々聞こえます。

 乳児用のソウカンセットと聞いた時。

 わたしははじめて正気になった気がします。

 「この子を取られるわけにはいけない。あとでも泣くことはできる」

 大学病院でさらに詳しく検査した後、脳外科の先生には「非常に危険です。脳室内が出血によって大きく広がり、脳を圧迫しています。まずはこの血をのける手術をします。」ということでした。

 もっと詳しく色々聞きたいのですが、一刻を争う時です。

 わたしと主人は待つ戦いがはじまりました。

 手術は頭にカテーテルを差し込んで、拍動によって自然に、不純物である血を逃がすというものでした。

 幸い手術じたいは成功し、圧が少し下がったせいか、意識は戻り、泣くことはできるようになっていましたが、瞳孔は大きくなったまま以前危険な状態でした。

 頭からはチューブ。

 口にはソウカン。

 両腕に点滴。

 両足に点滴。

 酸素濃度を測るモニター。

 脈を測るモニター。

 血圧のモニター。

 5400グラムの小さな体が管だらけで、手すら握れない。

 肌を直接撫でる個所すらない状態でした。

 言葉も出ないとはこのことでした。

 その後の医師の説明では、脳にかなりのダメージがあること、大人だったら、良くて植物状態という状況だったこと。

 ただし、赤ちゃんなので、脳が代償行為をする可能性も捨てきれないこと、脳室内に不純物である血が入った為、髄液が吸収されなくなっていること、このままだと水頭症の恐れもあること。

 原因がまったくわからないので、様々な検査をすること、脳血管造影も行うということ。(この検査によっての死亡もありうること)

 説明を受けたあと、乳児ということで、入院は脳外科ではなく、小児科で身柄を預かるということ、そして、その小児科の担当医にわたしと主人は苦しめられるんです。

 病室に行こうとすると主人とわたしが2人で別々に呼ばれ・・・。

 そうです。

 虐待の疑いがかけられたのです。

 原因がわからないのはおかしい。

 両肩にも薄利骨折がある。(何度聞いても写真は見せてくれません)

 両腕を持って振りまわしたのでないか?

 ご主人におかしなとこは?(主人はわたしについて聞かれたそうです)

 高いところから落したことはないか?

 寄るとさわると、責められ続けました。

 何度こちらがそんなことはないから、一方的な偏見で、病気を見逃さないでくれと話しても駄目です。

 息子もどうなるかという時に、わたしと主人は病室に入り、息子を励ますという基本的なことすらできずに、部屋の入室を拒まれたのです。

 喧嘩にならないよう何度も交渉して、入ったのは翌朝でした。

 それからはその小児科医との戦いでもありました。

 4日目にして、脳外科の教授が小児科の教授に話してくださるまで、(虐待はありえないと・・・)責められ続け、息子の病気だけでなく、先生とも戦うのかと、辛い時期でした。

 そのあともその先生は退院まぎわに骨シンチという骨のレントゲンをとり、何処にも骨折や裂傷個所が無いのを確認するまで、虐待したのではとなにかにつけてほのめかしていました。(結局いまだに謝ってはもらっていません)

 ちなみに、大手新聞に特集されたことのある小児科医です。

 新聞ではとても良い先生に見えてビックリしました。

 さて、それでも息子は命の危険やリスクのある検査もこなし、輸血もし、でも元気に回復()しました。

 生後4ヶ月に入って退院が決まったのです。

 ただし、いまだに原因もわかりませんし、通院もキツイです。

 脳波の波形にもダメージは出ていて、痙攣止めの薬は手放せませんし、MRIや脳波、採血は定期的です。

 入院の当初は自分を責め、そして他の人を恨んでいました。

 何故うちの子が?と。

 病気の子ばかりが入院している小児科で、白血病や心臓病の子のことすら羨ましくて、だって話しているじゃない。

 笑っているじゃない。

 そこまでコミュニケーション取れるじゃない。

 息子の寝てる間は泣いてばかりいた気がします。

 でも、息子の病気のおかげで、沢山の友人ができました。

 強く逞しく前向きなママ達です。

 そしてこのHPも知ることができました。

 わたしは神様に見込まれて、きっとわたしなら耐えるのでなく、喜びを探すことができると信じて、病気という個性を持った子を授けてくださったんだと。

 そして、障害を持ったお子さんや病気のお子さんに対しても、それはその子の個性だと思えるようになりました。

 なのに、今週の月曜日まで「不完全型川崎病」でまたまた入院して、今度は心臓の心配かぁと思ったら、久々にへこんでしまっていたんです。

 でも、こちらにおじゃまして、よしっという気分になりました。

 わたしも、同じ病気を持つ方を探していたのですが、みつからなくて、同じではないですが、いまのところ障害もないのですが、とても勇気がわきました。

 また頑張れそうです。

 もし、なにかお気にさわるような不適切な表現等ありましたら、申し訳ありません。

 お許し下さい。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPにお立ち寄りいただき、メールをくださったこと、ありがたく思います。

 その後、退院してからの息子さんのご様子はいかがですか。

 「勇気がわきました」とおっしゃってくださって、私たちもうれしく思います。

 このような言葉をかけていただけることが、私たちにとって大きな支えになります。

 ありがとうございました。

 さて、息子さんの闘病生活ではとてもつらい思いをされたご様子、息子さんの病状だけでなく、いらぬ嫌疑をかけられてしまったこと、その憤りは私たちには想像のつかないものであったのではとお察しします。

 私たちも娘の闘病生活の中で、医療関係者がもっと患者やその家族に寄り添うべきなのではないかと思っていました。

 退院までの間、ずっとお医者さんと信頼関係が築けずに過ごすことは私たちにはとても耐えられそうにないことです。

 そして、また新たな病気に気をもまれていらっしゃるのですね。

 落ち込んでしまわれるのも、無理のないことと思います。

 私たちも何かあるたびに、未だに落ち込んでしまいます。

 常に前向きにとは、なかなかいかないものですね。

 お疲れがでませんよう、くれぐれもお身体を大切にしてください。

 それでは、息子さんのご病気が良くなられますことをお祈りします。


No.60[インフルエンザによる熱性けいれんにかかられたお子さんをお持ちの作業療法士の方から]

 はじめまして。

 私はあやかちゃんが訓練に通っているようなところで作業療法士をしています。

 インフルエンザが猛威を振るう時期が近づき、インフルエンザについての情報が知りたいと探していたらあやかちゃんのHPに出会うことができました。

 私には5人の子どもがいて、そのうち一人が1歳のお誕生日の前日に痙攣を起こし、それから何度となく痙攣を起こしたため、てんかんに移行するかもしれないと言われ3歳までフェノバールを服用していました。

 その子が、5歳の冬と7歳の冬(今年2月)にインフルエンザに罹り、痙攣を起こしました。

 今年の痙攣はいつもよりも長く、痙攣後の意識がないような状態だったので、病院に電話すると、インフルエンザ脳炎かも知れないので総合病院に行くように言われ急いで病院に向かいました。

 幸い熱性痙攣ということでした。

 その後も3・4日ごとに子どもが一人一人インフルエンザに罹り、最後に5ヶ月の長女が41度の熱が4日間続き、このときはじめて解熱剤でインフルエンザで使用してはいけないものがあることを知りました。

 痙攣を起こした次男は、あの時あまりに高熱が続くのでその解熱剤を処方されたと思います。

 それが痙攣と関係があったかどうかはわかりませんが、情報不足を強く感じました

 あやかちゃんのご両親をはじめ、たくさんの方々のお話を拝見し、今年の出来事を思い出し、皆さんどんなにつらい思いをされたのだろうと胸がしめつけられる思いでした。

 また、子ども達の訓練に携わるものとして、改めて私たちの責任の重さも感じ、ひとりでもおおくの子どもと、その家族の方々のお役に立てればと・・・

 またHP見させていただきます。

 いろいろと大変なこともあると思いますが続けてくださいね。

 最後になりましたが、私が担当している子で、地域の学校に通っている重度の障害をもった女の子がいます。

 地域にこだわりつづけて・・・私も応援しています。

 [返事]

 はじめまして。

 このたびは、私たちのHPをご覧くださり、メールをいただけてうれしく思います。

 お子さんはたびたび、ひきつけをおこしていらっしゃるご様子、その度ごとに不安なお気持ちになられるのではとお察しします。

 しかし、この冬はインフルエンザ脳炎にかからずに済んで良かったですね。

 解熱剤については、いくつか種類があるようで、すべてのものがいけないわけではないようですし、私たちの娘のように今回話題に上っている「ジクロフェナクナトリウム」を使っていなくても、脳症になった子供もいますので、脳症になる原因というのは他にあるのかなと思っています。

 しかし、解熱剤が症状を悪化させる可能性があるということですので、使わずに済むようであれば、使わないにこしたことはありませんね。

 少なくとも、解熱剤や鎮痛剤が処方された場合には、どういう成分が含まれているのか、お医者さんや薬剤師さんに尋ねる必要があると思います。

 彩花も作業療法は月に1回程度の割合で受けています。

 最近、キーボードなどのおもちゃに興味が出て、短時間であれば集中できるようになってきました。

 まだまだ「作業」という雰囲気ではありませんが、このようなリハビリを続けることで、発達を促せるのではと期待しています。

 それでは、今後のご活躍をお祈りいたします。

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