ごあいさつ
 
公益財団法人 宮城県視覚障害者福祉協会
理事長 柿沼正良

 1948(昭和23年)9月1日、来日中だったヘレン・ケラー女史は、ここ宮城県仙台市を訪れ、公会堂(現在の市民会館)に集まった聴衆に対し、身体障害者に対する教育の必要と、自ら社会に貢献し自活の機会を与えるよう、理解と支援を強く訴えられたそうです。また私達、視覚障害者に対して「困難の克服」という印象に残る励ましの言葉と共に、「お互いが親睦を深め教養を高め、福祉の推進を図るために一日も早く団体を組織すべきです」とアドバイスも頂戴いたしました。
 これがきっかけとなり結成されたのが「宮城県盲人協会」です。

 ヘレン・ケラー女史の助言を謙虚に受け止め、その必要性をいち早く感じ取り早速行動に移した諸先輩の団結は、私達の誇りでもあります。県内各地にもそうした気運が広がり、次々と地域団体が組織され活動の輪が広がりました。

 「宮城県盲人協会」は昭和29年、今なお多くの視覚障害者の職業となっている、はり・きゅう・按摩・マッサージ・指圧の技術指導と自立支援を目的に、「盲人厚生館」を開設し研修生を実社会に送り出しました。当時から卒後研修の場として、資質の向上に率先して取り組んだ指導者の熱意には心打たれるものがあります。しかしながらその厚生館も、立ち退き問題など紆余曲折があって、存続が難しくなりました。それと共に宮城県盲人協会にも事業の充実と、運営の改善を求める声が高まり、社会に求められる組織作りを目指すという考えの基、昭和44年2月21日財団法人としての認可を取得し、名称も「宮城県視覚障害者福祉協会」として、再スタートを切りました。その後については、協会の歩みをご覧ください。

 本会の活動の主たる目的は、視覚障害者とその家族に対して必要な支援を行うと共に、県や市町村その他の関係機関や、ボランティアと連携を図りながら潤いのある日常生活と、福祉の向上を目指した各種の事業を進める事にあります。中でも個人の多様なニーズに対応していくと共に情報提供の充実を図りながら、その共有化も進めて行きたいと願っております。本会が毎月発行している会報「視覚障害みやぎ」は、その啓発活動のひとつでもあります。視覚障害者やその関係者だけの情報から『みんなの情報』へ、イメージチェンジ。そんな思いを込めてこの度『ホームページ』を開設致しました。より多くの方々に読んで頂き、「見ましたよ」といつか何処かでお会いした時にでも、お声を掛けて頂けたらこんな嬉しい事はありません。
 今後とも宮城県視障協ホームページをどうぞ宜しくお願い致します。

   
 
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