2013年2月の繁昌記
2013年2月28日(木)晴、暖 午前中、孫の授業参観に出掛ける。卒業式の練習風景を見学。入学して早6年。1年生の頃は、ランドセルが歩いているようで 頼りない様子であったが、背丈も伸びて、これで一安心。成績の事はいうまい。 昼食後、二人でヒコマに出掛け、週末からの営業準備。風も無く日差しも強し。店の軒下に掛けた寒暖計は17度をさしている。 驚くべし。夕、帰宅後、久しぶりに織姫山散歩。途中、梅香漂う。漸く、寒気が緩み春に一歩踏み出す如くなる日和であった。 |
2013年2月27日(水)曇後晴、暖 今日は寒気が緩み、過ごしやすい日となった。風も無い。だから、散歩も非常に楽だ。久しぶりに一万歩を達成した。午後、 ヒコマにて準備。夕、帰宅。夜、TVではエジプトのルクソールで発生した気球墜落事故をトップで扱っている。 僕も昔、パラグライダーをやっていて、高いところから落ちたことがある。50〜100メートルの間程の高さから落ちた。 一度、開いた落下傘を確認して急斜面から飛び出したのであったが、その谷間上空で上から下に空気の流れがあり 開いた落下傘がしぼんでしまった。僕はその時は頻りに地面を見ていたが、地面がくるくると回転している様で、落ちた瞬間は 何が起きたのか不明であった。幸い、急斜面に落下したので、G力は大分和らいだのであろう。捻挫程度の怪我ですんだ。 しかし、非常に痛かった。それ以来、パラグライダーはやめてしまった。犠牲になられた方のご冥福を祈りたい。 |
2013年2月26日(火)晴、暖 佐野の厚生病院訪。途中、日差し強く、風無く暖。昼に至り、宇都宮の東武ホテルの竹園にて海鮮焼きソバ、酢豚、ピータン飯。 最後に杏仁豆腐を頼む。美味なり。帰路、いなりずし俵にて寿司を買い、晩餐とする。 昨日報道で隣国の大統領に朴女史が就任したとあった。僕はお父さんの朴大統領の時代にソウルに繊維製品の買い付けで 通っていた。夜、先方の社員とカラオケに出掛け、「トラガヨプサナゲ」「イビョル」「サラヘ」など韓国の歌謡を教えてもらって 一生懸命歌っていた時期があった。たしか、あの頃は、戒厳令などがあり、夜の12時を過ぎると外出禁止となるような 時代であった。あれから35年が経過する。日本周辺の安寧を願うばかりだ。 |
2013年2月25日(月)晴、寒 足利、7時半の外気温は−0.5度であった。朝食後、10時を回る頃久しぶりに渡良瀬河南まで歩。橋上烈風有。甚だ寒。 赤城山麓方面を望すると雪雲が立ち込めたる様、すさまじきなり。午後、大田市中のブックマンアカデミー書店にてiPhoneより 地震警報が発する。構えていたが、振動無。夜、TVの報道にて日光方面の被害を知る。読べき本がたまってしまった! |
2013年2月24日(日)晴、寒風有 朝より、ローストビーフを焼くことに集中していたから、外界の事は不明であったが今日は風の強い日となる。 しかも、寒い。室内、例により、常夏であるが、戸外、落葉が舞い上がる寒風が頻りなり。 三々五々人来。食後のお茶を飲みくつろいでゆく人多し。コーヒーを淹れる時の緊張感はこの頃の心地よいものの一つだ。 湯さしを手にひじを高く上げて、幽かに滴り落ちるように、ゆっくりと湯を注いでゆくと、砕かれた豆から、甘い香りに混じり コーヒー独特のアロマが立ち上がってくる。一点に気持ちを集中すると、厨房の喧騒も消えてしまい無我の境地に踏み入るのだ。 この境地が非常に楽しい。夕、5時半の外気温は−1.5度となった。寒、極めて寒。 |
2013年2月23日(土)晴 寒風有。暖炉頻りに燃やす。孫より電話有。東京に下宿を探しに来たという。世田谷、三軒茶屋あたりにするという事だ。 春になると泊りがけで東京散歩も出来ようと言う事だ。目出度い、目出度い。 |
2013年2月22日(金)晴 昨夜、読書深更に及び朝寝をしてしまった。昼前にヒコマ到着。外気温1度、室温15度なり。暖炉に火を入れ、古酒を開け味わう。 仔牛のグリル試食。誠に美味也。二人、夢中になり愛妻は骨までしゃぶる。午後、明日よりの営業に向けて掃除、整理整頓。 今日は、昨日とうってかわり穏やかな日和となり、午後3時には外気温10度である。 夜、広東料理店にて例のごとく、衣笠、シバえび焼きそば飯。長湯。 |
2013年2月21日(木)晴、寒 踏み切りすしを買い、ヒコマに向かう。到着11時、外気温1度。室温12度。終日寒風有。暖炉頻りに燃やす。 今週は寒気が居座るという。しかし、薪が沢山用意してあるから、室内は常夏の如くだ。セッティーに横たわり午睡。 |
2013年2月20日(水)晴、寒 ヒコマ10時の外気温は1度であった。仔牛肉のグリルを試食。エスカルゴ試食。午後、カフェブロッサムも光回線になった。 無線ランが敷地内全般に届くようになり、iPadもさくさくと早くなった。16時の外気温は6度。予約も入り始める。 |
2013年2月19日(火)曇、寒 昨日に続き、今日もイオンシネマ。「東京家族」を観る。小津安二郎の「東京物語」をリメイクしたものだが 昔のフィルムを観た者には、物足りなさがある。なんというか、映画は物語の流れ、時代背景もコンテンツだから、 時代を今日に設定して、物語を展開させているところに少し無理がある。例えば、台詞、背景描写も違和感がある。 やはり、映画と言うのはそのときの空気までも写し取ってしまうすごさがあるのだと改めて感じた次第。 夜、再び鮟鱇鍋飯。 |
2013年2月18日(月)曇後雨 イオンシネマに「東京家族」を観に出かけたが、「ゼロ・ダーク・サーティ」という米特殊部隊のビンラディン殺害を扱う映画を 上映中であったのでそちらに変更する。帰路、雨。鮟鱇を買い鍋食。ヨーコさんは終日帳面。 |
2013年2月17日(日)晴、寒 ヒコマ8時半の外気温は−1.5度。室温29度であった。ロースとビーフを焼くことに夢中になり、ふと、気づいて寒暖計をみると 36度であった。常夏のハワイのようだ。暑いので、半袖に着替えて終日過ごす。宇都宮方面よりライダーグループ来。 食事を済ませた後、ゆっくりと暖炉であたってゆく。三々五々人有。6時の外気温は1.5度となる。 |
2013年2月16日(土)晴、寒 今日は風は無く、日差しがあれど寒い一日であった。例えば、昼過ぎの2時頃、外気温1度であり、4時半には零度となる。 こんな寒さ、ガソリンも上がり気味である中を来店いただくのは、涙が出るほど嬉しい。薪作りにも力が入るというものだ。 帰りしな、念のために湯沸かし器に毛布を掛ける始末をする。夜、強記飯荘にて衣笠、えび焼きそばを飯。極めて美味。 |
2013年2月15日(金)曇後霙 昼前ヒコマ到着。外気温3.5度。室温は13度であった。昼、烏賊パスタ飯。暖炉頻りに燃やす。午後、白いものが降ってきたが 夕には止み、雨に変る。終日片付け。室温25度。外気温1.5度であった。他、特に記す事無。 |
2013年2月14日(木)曇時々晴 昨夜は読書深更に及び、朝寝をする。昼を過ぎてヒコマに出掛け、土日の準備に入る。今日は風がないので、薪運びは楽である。 しばらく、掃除をして午睡。暖炉のぬくもりは心地よい。夕、終了。帰路、アンコウを買い、晩餐はトマトの鮟鱇鍋となる。極めて美味。 飯は胚芽米であるが、これも、噛みしめるとこくがあり美味しい。長湯。 |
2013年2月13日(水)晴、風有 風強。昼、祖飯。午後ヒコマにて準備。夕、帰宅。今日は終日風が吹いていたので、渡良瀬河畔より富士、秩父連山のシルエット が夕映えに輝いていた。夜、粗食飯。湯につかりながらエッセイ勘案する。Facebookより予約有。有難きかな! |
2013年2月12日(火)曇 気晴らしに、電車に乗って曳舟で下車。テクテク歩いて吾妻橋傍のカフェで例のごとく「下町エール」をのむ。ぼんやり外を眺めていると テラスの若者は半ズボンではないか!唖然としていたが、その内、上着も脱いでしまいランニングシャツ一枚の姿に なったのだ。浅草の最新ファッションかと一瞬思い込んだ。真冬のロシアでも沐浴をする風習があるくらいだから、きっとそのながれで 夏姿で真冬の露天でお茶を飲むのも粋な事だと思ったのだ。しかし、帰りしなその隣の席に動画のカメラが置いてあったから きっと、季節を先取りした風景を撮影していたのであろう。寒いなかご苦労様であった。 昼、富士蕎麦飯。浅草近辺隣国より観光客が戻ってきた雰囲気だ。今日は神保町近辺の書店を探索しようと思っていたが、 あまりの寒さに作戦変更、日本橋の丸善に入る。内田百閨A山田風太郎の「戦中日記」を得る。このところ、頻りに戦前の事柄が きにかかり、懐古趣味とでもいうのかそのジャンルのモノが読みやすい。三階の洋書部もながめたが、翻訳モノを買うことにした。 夕、日比谷に出て「マリーゴールドホテルで会いましょう」を観る。シニアのイギリス人達がインドで年金生活を過ごすという 今の時代の雰囲気を見事にとらえた映画で観客はシニアで占められていて、しかも満席に近かった。夜、雪降らず、帰宅。 |
2013年2月11日(月)晴、寒 ヒコマ、7時半の外気温は−5度であった。風があり、きわめて寒い。もちろん暖炉を燃やして室内を暖める わけだが、途中で薪が不足してきたので、小屋に薪を取りに外に出てみると、風がむやみに冷たい。その上、今日の 肉塊は普段のものより大きいから、焼き上げるのに時間もかかる。「第一、人が来てくれるか、それが問題だ」とふと気が付くと 何時になく気弱な心配をしていた。この冷たい風のせいだ。室温は28度になる。このぐらいになれば、人がドアーを開けると 全身を暖気が包み、歓迎の気持ちが伝わると思うのだ。 三々五々人来。心配していた、ローストビーフも開店間際より次々と電話が入り売切れてしまった。 有り難い限りだ。かくして、三連休は終了したのである。長湯。 |
2013年2月10日(日)晴、寒 ヒコマ、7時半の外気温は−8度であった。暖炉、頻りに燃やす。先客万来。自治医大病院でお世話戴いた人達も來。記念写真を 撮る。Facebookに載せるつもりなり。しかして、暮れなずむ頃も来者有。薄暮、幽かな光で静かなひと時を楽しむふうであった。 なかには、翻訳の仕事をする人もいて、帰り際、ヨーロッパ第二次世界大戦や、ビクトリア朝時代の事柄に話が および、興味深いひと時を得た。ともかくも、連休二日目を無事に過ごせたのでありました。 |
2013年2月9日(土)晴、寒 ヒコマ7時半の外気温は−1度。一段と冷え込んだ気配なり。暖炉を大いに燃やし室内を暖めることに勤める。三々五々人有。 高等学校の写真部生徒来。今日は、ことさらにこったカメラを持ち来る人が多い日となった。 |
2013年2月8日(金)晴、寒 足利7時半の外気温は3度。風有。午前中よりヒコマに出掛け準備。北風強。10時半の外気温1度であり、室温15度。 薪は幸いたっぷり有る。暖炉に火を入れ薪を頻りにくべる。昼、卑烏賊を軽く茹で、レモンとオリーブオイルを掛けて食。 誠に美味。食後、昨日ヨーコさんが焼いたチョコレートケーキをフランボワーズのソースで試食する。雑味がなく美味なり。 外は北風吹き真冬の如し。しかし、室内は常夏のように暖かい。夕、片付け終了。夜、「う」食。 |
2013年2月7日(木)曇 午前中より例のごとくヒコマに出掛け、連休の準備、清掃に精をだす。昼、粗食飯。今日は、終日せわしなく過ぎ、午睡無。 |
2013年2月6日(水)雪後雨 予報は的中、雪だ。午前中より連休の準備でヒコマに出掛ける。昼、パスタ飯。雪は積もらず午後よりの雨で解けた。 予約も入ってくる。有り難きかな! |
2013年2月5日(火)晴 夜来の激風収まり上々の日和となる。今日は披露宴がカフェブロッサムにて行われるので身支度を整え昼前に出立。 午後1時頃には風なく日だまりに出席諸兄集まりシャンパンで乾杯!天候に恵まれ和やかな披露宴となった。 |
2013年2月4日(月)曇 午前中よりヒコマに出掛け、店の整頓をする。昼、チーズフォンヂュ、ソービニョンブランで飯。ほろ酔い加減で、暖炉の前のソファに横臥し午睡。 この頃、この時刻のこの過ごし方が気に入っている。今年は、一年年を取った事で、寒さが堪える。そのため、散歩も少し控えめであった。 愛用しているジーンズが少しきつくなり、腰のボタンが穴にとどかなくなってしまった。。ウエストが一回り大きいものを銀座のバーニーズの店に寄り 探してみる予定。 |
2013年2月3日(日)晴 足利5時半の外気温は6度。昨来暖気余韻有。ヒコマ7時半到着。外気温4度。室温15度であった。ローストビーフの仕上がり具合は上等。 両日を無事に過ごすことが出来た。一段落した、頃は薄暮に移らんとする時刻来者次々と有、二階に案内する。日は既に山端に没して内外色を失った ような光に包み込まれていて、身体もその光の中に溶け込んでしまったような気分になる。 この感覚が面白く、電燈をつけこの雰囲気が消えてしまってはもったいないので、いる人に了解を取りそのまま時を過ごした。 考えてみると、ヒコマは東西に長い盆地である。ブロッサムの店はその谷間の中ほどに存し、東西南北に邪魔をする建造物もなく、この二階は 四方から光が入るように出来ている。昔、幼児の時分の昔の家は縁側、座敷と続き夕方の光が滑らかに出入りをしていたのだ。 ちょうどそんな雰囲気を一時味わいのどかな気分となった次第。 |
2013年2月2日(土)曇後晴、暖 足利、6時20分の外気温は4度。終日暖。午後2時頃には外気温19度をさし4月の陽気となる。外で食後の茶を喫する人多し。 |
2013年2月1日(金)晴後曇 パンケーキとミルクティ飯。用意万端してヒコマに出かけ終日準備。夜、久しぶりに「強記飯荘」にて烏賊の一夜干し、衣笠茸飯。美味也。 ことに、衣笠は昔愛用したパイプタバコの「バルカンソブライニー」のアロマのような独特の香りが口中に漂い美味であった。 |