竹ヶ岡陣屋

竹ヶ岡陣屋は、幕末期に内房地域の海防を幕府から命じられた白河藩(現在の福島県白河市)により、
城山に造られた砲台で海防に就く藩士の居住及び訓練の場として、現在の竹岡小学校を含む地に築造されました。
その後忍藩(埼玉県行田市)の管掌を経て会津藩(福島県西部及び新潟・栃木の一部)が引き継ぎました。
約24,300uの敷地の中に107畳の本陣、藩士や家族が住む長屋・武器庫・煙硝蔵・鎮守社などがありました。
常時200人以上の藩士とその家族が居住し、駐留中に亡くなった者の墓が松翁院と延命寺に残されています。
遺構はほとんど残っていませんが、竹岡小学校の体育館北側地面に石垣跡と思われる遺物が散見されます。

石垣跡