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8. 予表(type) |
遅きに失した感がありますが、予表です。
「客観的な私たち」に予表はあるのかということです。
有ります。
1.誰もが知ってる、子供でも知っているお話し。
そう、ノアの箱舟です。
ご覧なさい。ノアと息子達三人計四人で、糸杉材を用いてあの大きな舟を造りました。
その中にノアの家族八人と沢山の動物たちが乗り込みました。動物のつがいはおのおの七つ。これは完全を象徴する数字です。
ということは、すべての生き物を象徴すると思われます。
箱舟はキリストを予表します。
ですから、ノアの箱舟はまさに、キリストご自身の肉体の中に取り込まれた「客観的な私たち」を含む万物を予表しているのです。
[口語訳]創世記7:7-9
7:7 ノアは子らと、妻と、子らの妻たちと共に洪水を避けて箱舟にはいった。
7:8 また清い獣と、清くない獣と、鳥と、地に這うすべてのものとの、
7:9 雄と雌とが、二つずつノアのもとにきて、神がノアに命じられたように箱舟にはいった。
ネットから拝借した絵です。
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ご参考までに、箱舟を再現した人たちが米国にいるようです。
https://dot.asahi.com/aera/2016081000221.html
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2.それから、モーセの幕屋です。
その中で、至聖所と聖所を隔てるたれ幕がありますが、それにはケルビムが刺繍してありました。
このたれ幕はキリストの肉体を象徴しています。(ヘブル10:20)
ケルビムは万物を象徴しています。
[口語訳]出エジプト記26:31-33
26:31 また青糸、紫糸、緋糸、亜麻の撚糸で垂幕を作り、巧みなわざをもって、それにケルビムを織り出さなければならない。
26:32 そして金でおおった四つのアカシヤ材の柱の金の鉤にこれを掛け、その柱は四つの銀の座の上にすえなければならない。
26:33 その垂幕の輪を鉤に掛け、その垂幕の内にあかしの箱を納めなさい。その垂幕はあなたがたのために聖所と至聖所とを隔て分けるであろう
下の図の中間左寄りにあるのがたれ幕です。左側が至聖所、右が聖所です。
このたれ幕にケルビムが刺繍されていたわけです。
どんな絵柄であったのか知りたいですね。
人、牛、獅子、鷲を一緒にしたような図柄であったのでしょうが。
下の図もネットから拝借しました。
とても丁寧に描いてあります。
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このように、旧約聖書には少なくとも二つ、キリストの受肉における万物包括の予表があります。
これは、キリストが万物を処理(贖いを含む)なさる方法は、ご自身の肉体の中に万物を取り込むことによってであった、ということです。
これは極めて重要な真理だと思いますが、リー兄弟はその認識があったにも関わらず、各論においてその認識の適用が皆無であったことは甚だ残念なことです。
つまり、使徒達の書簡の中で、「客観的な私たち」を正しく認識できず、間違った解釈になった場合が多いと言うことです。
その典型的な実例が、一人の新しい人、の場合です。彼はこれを教会(召会)だと誤解してしまい、重大な失敗をしています。
それゆえ、もう20年にもなろうとしているのに、地方教会の人たちはまだ「客観的な私たち」のことに気が付いていないのは、
彼らにとって悲劇と言えるでしょう。
以上
2017/3/23(木)
東 信男(Higashi Nobuo)
ftmp2009(atmark)gmail.com