こんにちは、私の貴い友人のみな様。
今日は2011年10月2日です。今日はまた私たちの祝福された救い主の素晴らしい神秘の反映する時でもあります。
と言いますのは、世界の出来事は、国が始まって以来かつてない時代に突入したことを告げているからです。(ダニエル12:1 その時あなたの民を守っている大いなる君ミカエルが立ちあがります。また国が始まってから、その時にいたるまで、かつてなかったほどの悩み(訳注:大患難)の時があるでしょう。しかし、その時あなたの民は救われます。すなわちあの書に名をしるされた者はみな救われます。)
悪があらゆる分野で活動しています。
金持ちのモットーは、盗んで、殺して、破壊することです。
なぜなら、彼らの中にサタンの子供たちがいて、彼らの目標はまさにサタンの目標なのですから。
彼らの目標は世界統一政府の目標であって、人類の完全奴隷化あるいは根絶なのです。
しかし、私の愛する人たち、これら邪悪な者たちが最終的に勝利を得ることはないことは、私たちの承知しているところです。
しかしながら、当分の間、彼らは勝利するでしょう。そして、義人たちを野生動物のように狩猟し、投獄し、拷問し、薬物漬けにし、あらゆる類のマインドコントロールをかけ、奴隷にし、殺害し、移動させ、すべてを剥ぎ取るでしょう。(マタイ24:9
そのとき人々は、あなたがたを苦しみにあわせ、また殺すであろう。またあなたがたは、わたしの名のゆえにすべての民に憎まれるであろう。)
「義人はそんなことはない」とあなたは言われるかもしれません!
しかし、あなたにお尋ねします。
「悪人は預言者たちを殺さなかったでしょうか?」
(ルカ13: 34、 ああ、エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、おまえにつかわされた人々を石で打ち殺す者よ。ちょうどめんどりが翼の下にひなを集めるように、わたしはおまえの子らを幾たび集めようとしたことであろう。それだのに、おまえたちは応じようとしなかった。
ローマ11:3、 「主よ、彼らはあなたの預言者たちを殺し、あなたの祭壇をこぼち、そして、わたしひとりが取り残されたのに、彼らはわたしのいのちをも求めています」。)
彼らは使徒たちや他の者たちを殺さなかったでしょうか?
(使徒7: 59、こうして、彼らがステパノに石を投げつけている間、ステパノは祈りつづけて言った、「主イエスよ、わたしの霊をお受け下さい」。)
彼らは私たちの最愛の救い主を殺さなかったでしょうか?(マタイ 27章)
そして、今日でさえ、クリスチャンに対する迫害が世界中で拡大しているのが見えませんか?」
ですから、今はあらゆる国にあるもの、即ち、サタンの世界統一政府に対して準備を整えるべき時なのです。
遅れてはなりません。
私の愛する人たち、あなた方の多くが無知で眠っています。救い主を信じていれば苦難に遭うことはない、その前に、この世の悪から逃れて「携挙される」というサタンの大いなる偽りを完全に信じ込んでいるのです。
ここに多くの魂を沈ませる大きな偽りがあります!
この偽りを信じることによて、多くの人々は、非常に困難な時代のために霊的に準備をすることもないし、欠乏と厳しい飢饉のための用意をしていないのです。厳しい飢饉は既に世界中に存在しているのです。
この大きな偽りと、もう一つ、これに近い大きな偽りがあります。それは「一度救われたら、常に救われている」です。この偽りについては別の機会に説明することします。
イザヤはこう言って、そのような時について私たちに警告を発しています。
「彼らはそむける民、偽りを言う子ら、主の教を聞こうとしない子らだ。彼らは先見者にむかって『見るな』」と言い、預言者にむかっては『正しい事をわれわれに預言するな、耳に聞きよいことを語れ、迷わしごとを預言せよ。」(イザヤ30:
9-10)
しかし、私の愛する人たち、たとえそうであっても、義人は諦(あきら)めてはいけません。むしろ良き戦いを戦い続けるべきです。
私たちの救い主の王国は心の純粋な人たちにやって来るからです。
心の純粋な(訳注:清い)人は彼の顔を見るのです。(マタイ5:8、 心の清い人たちは、さいわいである、彼らは神を見るであろう。)
しかし、心の清めには大きなテストがあります。
大ていの人たちの心はいろんな悪に満ちているからです。
「 というのは、悪い思い、すなわち、殺人、姦淫、不品行、盗み、偽証、誹りは、心の中から出てくるのであって、」(マタイ15:19)
人の心の清めにおける極めて大きな問題は、多くが人の心の内容が人の思いによって形成され、形づくられることを見ていないということです。
はびこる思い(訳注:あるいは考え)が人の心に定着して、多くの暗黒を形成するのです。
(心にある思い:
ルカ2: 35、そして、あなた自身もつるぎで胸を刺し貫かれるでしょう。――それは多くの人の心にある思いが、現れるようになるためです。」
ルカ24: 38、そこでイエスが言われた、「なぜおじ惑って(うろたえて)いるのか。どうして心に疑いを起すのか。)
人が口先で「愛しています」と言いながら、愛すべき人に傲慢で嘲るような態度を示して、尚、その心が清いと信じることはあり得ません。
黙ってふくれっ面をして、コミュニケーションをする気のない人が、他の人に自分の気持ちを察してくれるように期待することはできません。
なぜなら、口からの言葉、あるいは言葉がないこと自体がその人の心を顕(あらわ)にするからです。
心の意図は様々な動作によってさらに明らかになります。
それで、言葉がないためにある人の心にあるものが分からない場合、その人の動作や動作をしないこと、引き籠もること、全く沈黙していることなどからでも、その人の心は明らかになります。
したがって、私の愛する人たち、人の心の中は人が言うこと、することによって明らかになるし、言わないこと、しないことによっても明らかになるのです。
お分かりでしょうか?
しかし、人の心の本当の霊的な本質を正しく理解するには、しばらく時間がかかるでしょう。
多くの人の心は極めて当てにならないものだからです。
そして、たいていの場合、多くの傷が否定(訳注:あるいは否認)という幾重にもなった層によって隠されていることがあり得るからです。
そこで、人の心の中に隠されているものの覆いを取り去るのは大仕事なのです。そう易々と簡単には行きません。
あらゆる事について、私たちひとりひとりは自分の真実を知るために祈り求めければなりません。
私たちが為すべき最も偉大な霊的な業とは、私たちひとりひとりが私たちの強力な救い主の御前で、自分自身のことで霊的な業をおこなうことであると私は確信しています。
私たちが自分の過失を克服し、自分自身の人間性に打ち勝つには、誠実な祈りを捧げるならば、私たちの救い主は私たちの心からのへりくだった祈りを聞いてくださることでしょう。
それから、私の愛する人たち、彼は私たち自身の心の本質を示してくださることでしょう。
克服すべき非常に多くのものが存在しているのが明らかとなるでしょう。
列王記上8:46、人は罪を犯さない者はないのです
時々、私は諸教会の教えのことを考えます。諸教会は他の人々は来るべき事から逃れることを強調しています。
多くの人は逃れるという概念に催眠術を掛けられています。
私の愛する人たち、私たちの救い主の忠実な者たちへの約束は、逃れることにではなく、打ち勝つことに基づいているのです。
黙示録第2章と第3章の勝利を得る者に対する彼の約束を思い出してください。
ですから、私たちはエスケーパ(逃げる者)ではなくて、勝利を得る者であるべきです。
勝利を得ることは容易なことではありません。
自分自身に対してのみならず、私たちが住んでいるこの世に勝利する(訳注:あるいは、打ち勝つ)まで、私たちみんながあらゆる厳しい試みとテストに対し打ち勝つという偉大な働きを通して、私たちは勝利を得ることができるのです。
私の愛する人たち、私たちが自分の心を綺麗にしようと思うとき、みな多くのテストと試みに直面します。
これが救いへの道であり、真実、激しい涙を伴う苦難の道です。
おお、私たちが残酷なほどに自分に対して正直になって自分の多くの過ちを直視することや、また、それらが真実、自分を苦しめるがゆえに、それから自由になりたいと切望することなどは非常に苦痛なことでしょう。
あなたは残酷なほどに自分に対して正直になる覚悟ができていますか?
残酷なほどに自分に対して正直であるための覚悟もできずに自分の真実に対してただ悶々としているだけでは、徹底的な心の掃除をする準備はまだ出来ていないのです。
思い出しなさい。
本当に心の純粋な人は私たちの救い主の顔を見るのです。(マタイ5:8)
彼らは神の王国を受け継ぐのです。
そこで、もし私たちの救い主と結婚して、彼の王国を受け継ぎたいと真剣に願っているのなら、これを最重要な仕事としなければなりません。
あなたが私たちの救い主の愛と赦しと癒しによって、あなたの心が綺麗になるまで掃除をしなければなりません。
心の純粋な人が私たちの救い主の顔を見るのです。
心の傷や痛みを隠して、恰もそれが存在しないかのような振りをするのは、いとも簡単なことです。
大部分の人がそうします。
しかし、予期しない時や予期しない折りに何かが起こって、それが引き金となって、苦痛の記憶がよみがえり、その時にだれかが、あるいは何事かがあなたをとがめることになるのです。
今、とがめを受ける人は、全面的にその人に責任があるわけではなく、その時の苦い記憶が思い出されるだけかもしれません。
しかし、潔白な人というのは、関連事項の知識に、いかなるとがめも存在しない人のことです。
言い換えれば、ある人の苦い思い出、または感情が込み上げて来て(それを語ると、それを聞いた:訳注)他の人で、これら過去の傷に全く向かい合って来なかった人は、相手の言葉やジェスチャーあるいは言葉によらない癖などによって過去の苦みがよみがえって、その人をとがめだてします。
そうです、苦い記憶は心から沸き起こってきます。時にははっきりとそうなることがあります。
しかし、他の場合には、苦みは遠く後方にあって、沸き上がって来るのは記憶ではなくトラウマ的な(心の傷となる:訳注)もので、苦みとか深い悲しみ、怒りまたは悲しみなどで、それはトラウマ的な(心の傷となる:訳注)出来事と関係があります。
そして、記憶の代わりに、自暴自棄、怒り、または他の否定的感情等の何らかの恐怖感が閃光のようにやって来るでしょう。その閃光は、まさに一時的であるか、感情を非常に動揺させるもので、一時的な場合には、さよならと言って、すぐに忘れてしまいたいと思うでしょう。
それが非常に不快な経験だからです。
しかし、他の時には、その感情の閃光によって重症になり、ある種の感情的な爆発、または引きこもり、あるいは孤立などに至らせます。
痛みや傷を内に溜(た)めている人は、この心配な気持ち(訳注:あるいは不安感)、または恐れをなんとか避けようとすることを学んできました。
隠された気持ちの解放による、そのような傷が爆発するのを避けることが、いろんな奇妙な振舞いにつながることがあり得ます。
時々、このひどい内側の情緒不安定を不必要に他人のせいにするする必要が湧き上って来るとか、または他の人に対してある人をそんな状態から救うべきだとかの願望が生じたり、あるいはやかましく(他人の:訳注)行動を非難したりすることがあります。
良かれ悪しかれ、心にあるものは外に出て来るのです。
こういうわけで、私たちはまず第一に自分に対して正直になることが極めて重要です。すると、私たちは他の人に対しても正直になれます。
この真実さ、この正直さを通して、本当の癒しが間違いなく開始することができるのです。
しかし、自分の生き様の多くの面で自分自身に対して正直でなかった人たちにとって、コースを変更して正直になるのは非常に困難です。
しかし、私の愛する人たち、真理が私たちの救い主の働きの中心にあるのです。
主はこう言われなかったでしょうか。
「けれども真理の御霊が来る時には、あなたがたをあらゆる真理に導いてくれるであろう。それは自分から語るのではなく、その聞くところを語り、きたるべき事をあなたがたに知らせるであろう。」(ヨハネ16:13)
それで、私たち自身についての真理(訳注:あるいは真実、事実)を知り、他の人たちとは真実に(訳注:正直に、誠実に)生きることによって、真理(訳注:あるいは真実)に焦点を合わせた霊的な努力が必要です。
もし、私たちが故意にか、手違いで嘘をついたのなら、私たちはすぐに悔い改める必要があります。
一度の偽りはたちまち偽りの山になるものです。
分かりますか?
正直が私たちひとりひとりから始まらなければなりません。そして、私たちの心の中で始まらなければなりません。
もし私たちが自分自身に対して正直(訳注:あるいは真実、誠実)にならないで、どうして他人に対して正直になれますか。
サタンの子供たちと私たちの救い主の子供たちとの大きな違いは何でしょうか?
私たちの救い主はサタンの子供たちについてこう言われました。
「あなたがたは自分の父、すなわち、悪魔から出てきた者であって、その父の欲望どおりを行おうと思っている。彼は初めから、人殺しであって、真理に立つ者ではない。彼のうちには真理がないからである。彼が偽りを言うとき、いつも自分の本音をはいているのである。彼は偽り者であり、偽りの父であるからだ。」(訳注:ヨハネ8:44)
悔い改めることなく、依然として自分に対し、あるいは他人に対して嘘をつき続けますか。そして、私たちの救い主とは良い状態にあると考えているのですか?
私たちはみな、日常的に自分の言葉を意識していなければなりません。そして、どんな嘘でも、どんな間違った行いでも悔い改めなければなりません。
多くの人は罪のない嘘(訳注)をつくのは問題ないと言いますが、嘘は嘘です。(訳注:罪のない嘘white lie、直訳は白い嘘)
すべての嘘は黒です。白い嘘などありません。
悔い改められていないあらゆる罪は、人の魂に罪として刻印されます。
私の愛する人たち、私たちはみな、自分の言葉と自分の心の思いによくよく注意している必要があります。
すべて悔い改めるに迅速、赦すに迅速でありますように。
主は私たちすべてを憐れんで下さいます。
私たちはみな罪人なのですから。
あなたは怖い記憶に悩まされますか?
あなたはある一定の行動をその訳(わけ)も分からずに、不自然な行動へと突き動かされてはいませんか?
あなたが許可もしないのにあなたを突き動かすもので、あなたの内側に隠されているものは何ですか?
時々、これは悪鬼的でもある場合がありますが、それは全く別の問題です。
人の心の中に隠されているものは、去って行きません。
それは御霊と私たちの救い主のパワーによって除去しなければなりません。
そして、人の心の中の暗い個所は癒されなければなりません。
私たちが他の人を赦さないなら、苦さの根が私たちの心の中で成長するでしょう。
そして、この苦さの根が成長すると、私たちの人生すべての領域に広がり始めます。そして、それが私たちの側の憂うつ感、疑ぐり、怒り、恨(うら)み、敵意へと通じるのです。
苦味の根が人の魂の中に暗黒を引き入れて、そのような根が肉体の病気を引き起こすこともあり得ます。
人が私たちに対して為すいかなる悪であれ、(それによって私たちの中に生じる:訳注)苦味の根を正当化することはできません。
言い換えれば、どんな悪であっても、それに気付いているか否かに関わらず、赦さないことを正当化することは出来ません。もし私たちが自由になって私たちの救い主の王国に入りたいのならばの話しですが。
パウロの言葉を思い出しなさい。
「気をつけて、神の恵みからもれることがないように、また、苦い根がはえ出て、あなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚されることのないようにしなさい。」(ヘブル12:15)
では、そんな苦さの根が私たちの心の中で成長するのをストップさせるには、どうすればよいのでしょうか?
私たちはまず第一に、私たちにいろんな事をした人をみんな赦さなければなりません。たとえ、それが事実であれ、想像上のことであってもです。(訳注:たとえば、あの人があれをやったのではないかと良くない想像をする)
もし、(心の:訳注)傷が大きすぎて、それができない場合には、私たちの救い主にお願いして、その人、または人々を赦すのを助けて貰わなければなりません。
また、私たち救い主が私たちの重荷のすべてを取り去って、私たちの(人生の:訳注)旅路を軽くして下さるように、私たちの救い主に絶えずお願いしなければなりません。
また、毎日、1日中、彼を賛美しなければなりません。
そして、何よりも、私たちが苦しみまた忍耐するすべての事柄について、彼に感謝しなければなりません。(訳注:1テサ5:18)
そして、心からの感謝を捧げなければなりません。
感謝と寛大な心は苦さを抱きません。
おお、私たちは呻(うめ)いたり不平を言ったり、理屈に合わない要求を突き付けたり、また、過度の権利意識(undue sense of entitlement)を持って、何と祝福を閉め出していることでしょう。
私たちの救い主が荒野にいた私たちに対して、どのように怒られたか覚えていますか?
人々が愚痴をこぼしたり、不平を言ったりしたからではありませんか?
彼らには感謝の気持ちもなく、ひどい自己中心ゆえに、私たちの神なる主に対して、愚痴をこぼし不平を鳴らして彼を怒らせたのです。
彼らはあんなに凄く素晴らしい奇跡に直面したにも関わらず彼らは自己憐憫に陥ったのです!(民数記14)
彼らははるかに多くの権利を与えられていると考えました!
私たちの強力な神の偉大な奇跡でさえ、強力な神を喜ばせるに十分ではありませんでした!
過度の権利意識とは何でしょうか?
過度の権利意識とは私たちが期待する権利のないものを期待することです。
これら満たされない期待(訳注:期待してもそれが満たされない)は、人の心の平安を食いつぶし、心と思いの中に恨みを生じさせるでしょう。その結果、家族(また愛する人たち:訳注)から孤立するか、あるいは暴走や怒りの爆発が起こるでしょう。
これら理屈に合わない期待が実現しないと、ある事柄について不当に権利が阻害されていると感じる人は、ある種の感情的(訳注:情緒的)なメルトダウン(訳注:崩壊)が起こります!
どんな過度の権利意識の根っこにも1つのものが存在します。自己中心。
自己中心は孤立を引き起こします。
自己中心は欲張りを引き起こします。
自己中心は過度の権利意識を引き起こします。
自己中心は荒廃させます。
自己中心は常に自分が中心であるため、自分を他人から切り離します。
自己中心は神の光をシャットアウトします。
自己中心は他人の愛から自分を遠ざけます。
自己中心は満たされることのない底知れぬ穴であるため、神の愛から自分を遠ざけます。
自己中心には愛がありません。
自己中心は情緒のブラックホールです。
自己中心は操作策略が巧みで、ありのままの姿を見られたくありません。
分かりますか?
しかし、他方…
最も重要なことは、自己中心は愛の敵であることです。
なぜなら、私の愛する人たち、愛は何の見返りも期待せずに真実をもって与えるからです。
愛は本当に親切です。
愛は他人の幸いについて、真の同情と真の心配りに満ちています。
愛は常に他人のために至高善を願って何の策略もありません。
愛は与え、愛は癒します。
しかし、時には、愛も厳しいかもしれません。
なぜなら、真実の愛は神の最も純粋な光の絶対的な流れであるからです。これは真実です。
ですから、真実の愛は、また真実でなければならず、真実の中で対処しなければならず、とは言え、真実の愛は絶対的に赦します。
そして、それが赦すとき、真実、それはもはや(人の:訳注)過ちを覚えていません。
真実の愛は多くの悪を覆います。
なぜなら、真実の愛は他人の過ちや短所があっても愛するからです。
真実の愛は罪を通り超えて、世の標準を遙かに超えたレベルで見ています。
なぜなら、真実の愛は世の何ものにも基づかず、すべての愛の源から、即ち愛溢れる私たちの救い主の心から私たちを通して来るからです。
人を愛し、何も期待しないで与える人は幸いです。
何も期待しないで与えて自分の兄弟の面倒を見る人は幸いです。
自分の兄弟または姉妹のために自分の命を捨てる人、無償の愛、自己保存の意図のない、与えて命を支える愛の人は幸いです。
そうです、このような愛の中で自分の命を捨てる人は、命を見出し、豊かな命を見出します。
恐るべきが時代が私たちみんなに迫っています!
銃と剣で戦って、死に至るまでも、あなたは自分の命を愛しますか。
それとも、何よりも主を愛し、自分を愛するように他人を愛して、あなたの命を、永遠の命をさえも得るために、完全に私たちの祝福された救い主にあなたの命を捧げますか?
私たちの貴い救い主に服従する人たちは幸いです。なぜなら、生ける神の平和が従順な人を訪れるからです。
彼らこそ本当の平和を守る人たちです。
なぜなら、平和の賜物は真に従順な人たちに与えられ、その平和の賜物が彼らに最悪の時代を乗り切らせるからです。
従順な人たちであるがゆえに真の平和を守る人たちはなんと幸いなことでしょう。
神の小羊に栄光、栄光、栄光、とわに、とこしえまでも。
イエスの聖なる御名は貴きかな。あらゆる名にまさる御名は。
小羊よ、彼こそは尊し、尊し、尊し!
あなたは自分の罪のために涙を流す用意ができていますか?
あなたは私たちの救い主があなたの傷口を癒し、またあなたの情緒面を回復させて下さるように心を尽くして願い求める用意が出来ていますか?
あなたは赦して忘れる用意が本当にできていますか?
あなたは情緒的な物物交換ゲーム(訳注)を止める用意ができていますか?そのゲームは頭を横に振って何が問題なのかを理解しようとしている人を、へとへとに疲れたままにしているのです。
あなたの心に積もったものすべての真実を見ることを心から願いつつ、あなたは残酷なまでに自分に正直になる用意ができていますか?
(訳注)情緒的な物物交換ゲーム:自暴自棄、怒りなどで周りの人に迷惑を掛けて彼らをへとへとに疲れさせることで、その時は本人は一時的に収まる。この一種のやり取りのことを著者は情緒的な物々交換と呼んだ。
あなたがこれに「はい」と答えないで、あなたの傷と悲しみすべてに打ち勝ち清い心を持とうと一大決心をされても、勝利はできません。
もし、あなたの心に積もり積もった否定的な事柄に勝利しなければ、そして、他人があなたに対してどんなことをしたかに関わらず彼らを愛して赦すことをしなければ、あなたは清い心を持つことは出来ません。
赦しの欠落で確実に苦い根が育つのです。
しかし、断固たる決意を持つなら、あなたは勝利します。
勝利者は幸いです。
私たちの救い主の王国における彼らの報酬は絶大だからです。
心の清い(純粋な:訳注)人は幸いです。彼らは私たちの救い主を見るからです。
心の清い人は赦します。そして、赦しの必要性を理解しています。
心の清い人は私たちの神の王国に入ります。
この最も重要な仕事を先延ばしにしては駄目です!
この仕事から逃げてはいけません!
私たちの神の王国はもう間近に迫っているのです!
私たちは聖書の中で、私たちの救い主は染みのない花嫁を迎えに来られると、警告されています。
花嫁は婚宴に出掛ける前に内も外も清くなければなりません。
彼女の心は清くなければならず、また、清潔な白い霊的なローブを着ていなければなりません。
この大いなる清めが間近に迫っています。それは荒々しく行われるでしょう!
これらの清めは、金と銀が試みられテストされるように、火による大いなる試みとテストがあります。
あなたは聖なる男の子の火が非常に熱くなって、人が知る中で最も固い物質であっても焼き尽くすことが出来るのをご存知でしたか?
男の子はいとも簡単に金や銀を焼き尽くすことができますが、その簡単に焼き尽くされた物が私の体内に残っているようなことは殆どありません。
サタンと彼の多くの非人間集団および彼らと同盟関係にある米軍とその他の軍がサタンとその多くの邪悪な者たちが知る最も固い物質の夥しい量を私の体内にいっぱい詰め込みます。
彼らは男の子にとって金銀を焼き尽くすことは何でもないことを知っています。
今、男の子の精錬する火がどれほど熱いか分かりますか?
このことが本当にあなたの印象に残りましたか?
男の子はすべてを焼き尽くす火でもあるのです。
男の子を持つにふさわしいとされた人は幸いです。また、私たちの救い主の火によって金や銀のように試みられテストされる人は幸いです。
これらテストの火(訳注:複数)は花嫁にやって来ようとしている聖なる男の子たちです!
花嫁をテストする火が来ようとしています!
これらの火は光と火の聖なる赤子たちの火です。その火が下って指定された魂たちの中に入ります。
これら指定された魂たちがこの光の流れを受けると、その時、彼らは神の真の息子、即ちキリストの花嫁となり、同時に私たちの救い主と結婚します。
このとき、即ち結婚の時に、私たちの救い主の本当の王国が幼少とは言え地球に出現します。
しかし、この光の流れを受けた人たち、私たちの救い主の赤子たちは、厳しくまた激しく試みられ、テストされます。
これらは火による試みであり、花嫁の清めの時です。
彼女は白くきれいで染みのない者でなければならないからです。
さもないと、彼女は私たちの救い主の前に立つことができません。
なぜなら、ご自身は究極のすべてを焼き尽くす火であられるからです。
思いなさい。
愛すること、赦すこと、そして、毎日すべてのことに感謝すること。
毎日服従することを思いなさい。毎日悔い改めのことを思いなさい。そして、毎日、私たちの祝福された救い主を賛美しなさい。一日中それをしなさい。
これがあなたの生き方になっていないなら、あなたが私たちの救い主と結婚するつもりでいるのであれば、これがあなたの生き方にならなければなりません。
分かりましたか?
或る人は、私たちの救い主はだれもテストされない、と言います。
おお、何と危険な考えでしょう!
ダビデ王はバテシバの夫を最前線に配置して殺害するという罪を犯しました。(ダビデ王は彼の妻を切望したのでした1列王11:2)私たち救い主は、それからどうされたでしょうか。
主はダビデ王に対して怒って、一連の裁きを彼の上に下し始められました。
いくつかのテストがダビデ王に与えられましたが、彼はそれらに失敗しました。
彼は別の男性の妻に情欲を抱きました(1つのテスト)。彼女を切望しました(2番目のテスト)。
そして、これらのテストに失敗すると、彼は悪事を発想しました。
次に、ダビデ王はバテシバの夫を殺すよう命令しました。それから、彼は彼女と姦淫を遂行しました。
罪深い思いの結果は、(その思いを:訳注)阻止しなければ罪深い行為となります。
それで、ダビデ王について、彼の重大な問題は情欲で始まりました。それが切望をもたらし、この2つの罪を悔い改めなかったために、これらの罪深い考えが恐るべき姦淫と殺人という果実を結び始めたのでした。
次に、とても多くの罪の中でダビデ王は再び誘惑されました。今度はイスラエルの民を数えるという誘惑でした。
御言葉は2サムエル記24:1の中でこう言われます。
「主は再びイスラエルに向かって怒りを発し、ダビデを感動して(動かして)彼らに逆らわせ、「行ってイスラエルとユダとを数えよ」と言われた。」
以前、私たちの救い主は彼の民の数を数えてはいけないとの指示を与えられました。
民の数を数えた後に、ダビデは自分の間違いに気付きました。しかし、その時は手遅れでした。
しかし、奇妙に聞こえますが、私たちの救い主がダビデを動かしてイスラエル、ユダを数えさせられたのです。これは非常に大きなテストでしたが、ダビデ王は失敗しました。
私たちの救い主はダビデ王に怒って、彼は罰を選択せよと言われました。
悲しいことに、結局、ダビデ王が禁じられていることを行った結果、彼の決定によって7万人が疫病で死にました。
ダビデ王はテストされました。それから、試みられました。そして、彼は失敗しました。
彼が失敗したとき、彼は大きな罪を犯しました。
彼の大きな罪の結果、私たちの救い主の裁きによって、多くの人が命を落としました。
そこで、私の愛する人たち、ダビデ王の問題は私たちひとりひとりの問題でもあります。
先ず罪を思いつきます。
それから、もしその罪を悔い改めないと、そして、思いついた時に捨て去らないと、罪は立ち上がって非常に恐ろしい結果をもたらすのです。
私たちはみな罪人です。
私たちの祝福された救い主の恵みがなければ、だれ1人救われるに相応しい者はいません。
ダビデ王がそうであったように、私たちもみなそうです。
私たちはみな罪深い者たちだからです。
主なる私たちの神が私たちの魂を続けて憐れんで下さいますように!
私たちはみな、毎日、悔い改めるためにへりくだっていますように。私たちの前にある誘惑によって逸れることがないためです。
貴きかな、私たちの祝福された救い主イエスの御名は。彼は赦して下さるからです。
彼が赦して下さると、最早や彼は覚えておられません。
聖なるかな、神の小羊よ!
私たちみんなが恐るべき誘惑がダビデ王に起こった事を覚えておきますように。
毎日、私たちはいろんな誘惑に直面してきました。私たちの救い主が与えて下さった働きが大きければ大きいほど、サタンの追撃は激しいのです。
私たちの救い主さえサタンに誘惑されましたが、それは彼の父の御心でもありました。
しかし、ダビデ王の場合、私たちの救い主は彼に多くを任せておられました。
だれが多くを任され、多くを期待されるのですか?
覚えておいて下さい。この大きな責任は、あなた方即ち私たちの花嫁になりたいと思う人たちみんなに課せられているのです。
主は彼の花嫁に多くを期待されるのです!
ですから、いと高き神に仕えることは怖いことです。
彼はすべての点で完璧であられるからです。
彼は聖です。
彼の貴き御名に祝福あれ!
私たちの強力な神に仕えることは本当に恐ろしいことです!
彼の聖なる恐れという大いなる賜物を求めつつ、彼のみ前を恐れをもって歩きますように。
そうです、私たちの救い主への真実のまた聖なる恐れは霊的な賜物です。それは癒しとかその他の霊的な賜物とよく似ています。
これは以前、私たちの救い主が私に下さった神聖な啓示です。
ですから、聖なる神を畏れる心という賜物を真剣に願い求めなさい。
神を恐れることは知恵の始まりです(訳注:箴言1:7)。その知恵は私たちの生ける神の性質を霊的に垣間見ることです。これは彼の恐れ多き偉大さへの大いなるまた謙虚な認識です。
私たちみんなが、私たちの祝福された神、即ち私たちの貴い救い主への聖なる恐れという賜物を尋ね求めますように。
「そのあわれみは、代々限りなく主をかしこみ恐れる者に及びます。」(ルカ1: 50)
私たちの救い主の偉大さを知らず、また認識しないなら、私たちは彼の偉大さを軽視しているのです。
それから、もし、私たちが自分の人間性を完全に認識しないならば、私たちは自分のことを、あるがままの自分ではない、ある存在(訳注:ひとかどの者)と考え始めるかもしれません。
創世記によれば、私たち人は地の塵(ちり)から造られたと言われています(訳注:創2:7)。
ですから、私たちは塵です。私たちが塵であるのなら、どうして高ぶるのですか?
私たちの主に仕える非常に多くの人の重大な問題には二つの面があります。
私たちの神なる主を恐れないこと、それと、自分を偉い者(訳注:高ぶる)と考えることです。
おお、いと高き神、全能者なる神に仕えることは非常に恐ろしいことです!
彼は聖であり、義であり、純粋であり、あらゆる点で完全です。
そして、私たちは塵です。
私たちの唇が毎日の生活の中で、彼を賛美しますように。
なぜなら、救いとは私たちの救い主また強力な神であられる私たちの主なるイエスだからです!
私たちの救い主がピスティス・ソフィアなる文書の中で語っておられます。
「もし、私が地球に来て大きな代価を払うことがなかったならば、だれひとり救われることはなかった。」
それなら、どうして自分がひとかどの者だと考えることができましょう?
私たちが何者であって何者でないかを覚えつつ、私たちの救い主への聖なる恐れを求めますように。
もし、私たちが彼に仕えるべく召されたという特権を与えられたのなら、私たちは何と幸いなことでしょう。
しかし、そうだとしても、彼の働きは私たちの働きではありません。
私たちはブドウ園の卑しい労働者に過ぎないのです。
イエスの聖なる御名に祝福あれ。
彼は崇められるべきお方。
彼は礼拝さるべきお方。
彼は崇められ賛美され栄光を受くべきお方。
彼はそれにふさわしく、彼だけがそれにふさわしい!
さて、私の愛する人たち、私たちの信仰のためにテストされ試みられることについてのメッセージはここまでにして、テストと試みに関してもう少しばかりお話ししたいことがあります。
2003年1月頃、私たちの救い主は、ダニエル書、イザヤ書、エレミヤ書、およびエリヤについて、単にそれらを読むだけではなく、私の心の中に取り込みなさいと言われました。
私がダニエル書を読みながら、「私たちの救い主が言われた時のあの調子はどうも嫌だなあ。」などと考えていると、彼の警告の言葉が洪水のように私に寄せ返して来ました。
それが2003年のことでした。お話しした通りです。当時、黙示録12章の働きに関して、私の人生がどんな展開になろうとしているのか、知る術は全くありませんでした。
しかし、今、主が私にそれを言われた理由が分かるのです。
私は彼の警告の真実を証明できます。
私が実際にダニエル、シャデラク、メシャク、アベデネゴの人生を歩んだからなのです。
私たちの祝福された救い主への愛ゆえに、私は酷い迫害を受けました。
そして、お話ししたように、私の中に生きている貴い男の子のためにも酷い拷問を受けました。
今、私が申し上げることをよく聞いて下さい。即ち私たちの救い主が私に言われたように、上記の書を読んで下さい。
そして、これらの預言の言葉をあなたの心に蓄えてください。
なぜなら、私たちの救い主の聖なる息子を持っているが故に私が苦しんだように、彼を受けるあなたも苦しむことになるからです!
サタンはあなたに戦争を仕掛けて来ます。
それが黙示録第12章の最後の節です。(訳注:黙12:17-18、龍は、女に対して怒りを発し、女の残りの子ら、すなわち、神の戒めを守り、イエスのあかしを持っている者たちに対して、戦いをいどむために、出て行った。
そして、海の砂の上に立った。)
あなたが大いなる試みとテストの中で苦しんでいるときに、シャデラク、メシャク、アベデネゴの試みのことを思い出しなさい。(訳注:ダニエル記3章)
それから、ライオン穴の中のダニエルの試みを思い出しなさい。(訳注:ダニエル記6章)
ダニエル書の中で、他の者たちが、これら4人に対して、自分たちの神を捨て去らせようとしたこと、転んで偶像を礼拝させようとしたこと、ダニエルの場合には私たちの救い主に祈ることを止めさせようとしたことが語られています。
サタンと彼の邪悪な勢力は全く同じ方法であなたを倒そうとするでしょう。
あなたはキャンプ(訳注:強制収容所、米国内にはこれが1000箇所以上存在する、実例、預言、主の山よりIV-24、VI-17、VII-17他多数あり)の覚悟ができていますか?
あなたのクリスチャンの信仰ゆえに拷問されること、迫害されること、麻薬を盛られること、マインドコントロールされること、クリスチャンであるがゆえに殺害されること等への覚悟ができていますか?
そのような恐怖が全世界にあるのです!
あなたの信仰が恐るべきテストに直面する時に、あなたはこれら4人がしたと同じように行動しますか?
彼らは失敗しませんでした。彼らは私たちの救い主に忠実でした。
彼らは自分の命を気にかけませんでした。
彼らは私たちの主を愛していることを知っていました。そして、何があろうと、主に仕える決意を固めていました!
彼らは独裁者の前で脆くも崩れて、私たちの貴い救い主を捨て去るようなことはしませんでした。
彼らは忠実に私たちの主の後について行きました。そして、彼らは政府の指示を拒否したのです。
彼らはみな大変なテストにさらされなかったでしょうか?
ダニエルはライオンの穴に、シャデラク、メシャク、アベデネゴは火の中に投げ込まれなかったでしょうか?
そうです、実に大きな信仰のテストでした!
彼らは安易な道を取ることができました。
彼らは偉大な支配者に服従して生き延びることが出来ました。しかし、彼らはそれを拒否しました。
彼らが火に投げ入れられようとしていたとき、この3人は何を考えていたと思いますか?
彼らのためにだけ7倍も加熱された火!
あまりに熱くて近付くことも出来ないほど燃え盛っていた火!
ライオンの穴に投げ込まれようとしていた時のダニエルはどうだったでしょうか?
彼の心に何が起こっていたでしょうか?
シャデラク、メシャク、アベデネゴは自分たちの信仰をみな厳しくテストされました。
しかしながら、彼らはぶれませんでした。彼らは信仰に堅く立ちました。
そして、私たちの神は彼らの服従をご覧になって、彼らの代わりにご自身が強いことを示されました。
彼に服従し、彼に絶対的に信頼する者たちに代わって、ご自身が強いことを示して下さる。
このことは私たちの祝福された救い主の約束ではないでしょうか?
ここに忠実な人たちのための1つの非常に大きな学課があります!
私の言うことを聞いてください!
忠実な人たちはこうして試みられるのです。
ダニエル、シャデラク、メシャク、アベデネゴのテストと試みが忠実な人たちを襲います。しかも、私たちの救い主がご自分の民を迎えに来られる前にそれが起こります!
ある人たちは理解しておられますが、私が世界で最初に聖なる男の子を受けた者です。そして、彼は65カ月の間、私の体内で成長してきました。
このことは、あなた方のだれも想像できないことですが、65カ月の間私は拷問と迫害を受けてきたということです。また、同時にダニエル、シャデラク、メシャク、アベデネゴと同質の奇跡が65カ月間継続したことでもあります。
おお、私たちの祝福された救い主への愛、そして、あなた方ひとりひとりへの愛のために迫害を受けるとは、私はなんと幸いなことでしょう!
私たちの祝福された救い主、すべての名に優る御名イエスに栄光、栄光、栄光。
貴きかな、彼の聖なる御名は!
http://www.prophecies.org上の第12巻には、あなた方がサタンと彼の邪悪な勢力、即ち人間と非人間の両者から攻撃を受けた際に、
直面しようとしている事柄について広範囲にわたって書いてきました。
彼らのやり方は私たちのやり方とは違います。彼らの技術の本質は多くの人には異様に見えて、恐らく大部分の人は、私が書いたものを信じるのを拒否し、むしろ、私を狂いだと呼び、口頭で中傷と偽りによって私を襲撃するか、他の方法で私を侮辱する方を選択しました。
これらの文書によって、お話ししましたが、サタンと米軍はある人たちを誘拐してマインドコントロールを施しました。それによって、彼らを私に敵対する者に変えてしまいました。彼らが私を知っているからです。(訳注:彼女の夫もその一人、マインドコントロールによって敵対関係となり、遂に離婚する羽目となった。彼が真に主に忠実な人であれば、そういうことにはならなかった筈。何らかの問題が存在した模様)
私の親族や私のあまりよく知らない人たちに対する彼らの酷い襲撃のことはお話ししました。それは彼らを用いて私に敵対させて、私の名前を侮辱し、憎しみや悪意や嘘の証言を拡散させるためでした。
これらは悪魔主義者と米軍の仕業(しわざ)です。
彼らの業は悪に満ちています!
あなたの番がやって来たときに、そのような悪質な襲撃に耐えることができますか?
私たちの救い主はあなたの心が清くないなら、悪人はあなたの心を読み取って、あなたをマインドコントロールすると警告されました。
サタンと彼の邪悪な非人間たちの勢力はテレパシーで連絡を取り合います。
彼らは人の思いを読み取ります。
恐れを見ます。
彼らは人の心に秘かに格納されているものが何かを知っています。
そして、彼らは人が隠しているものを取って彼らの思いの中に供給を開始します。そして、彼らの思いの上にどんどん積み上げていきます。こうしして、マインドコントロールを実行するのです。
もし、恐れを見ると、彼らはこの恐れをマインドコントロールによって供給し、遂に当人を荒廃させてしまうのです。
もし疑いを見つけると、彼らはこの疑いを供給して、この疑いが人を崩壊させてしまいます。
もし、人の心に格納されているものが、どん欲、怒り、あるいはまた他の否定的な感情であれば、彼らは、そのようなもので人を消耗させておいて、その結果、彼を私たちの救い主の愛から切り離し、彼の信仰を完全に破壊して、神の霊に欠けた人としてしまうのです。
あなたはそのような卑劣な襲撃に対して、何らかの備えができていますか?
日々悔い改める人、真実、この世と世の罠から出て来る人、真実、何よりも私たちの救い主を愛する人、真実、他人を愛する人、真実、たとえ赦しを請われなくとも赦す人、すべてにおいて私たちの救い主に従順であることを追い求める人、このような人だけがこの恐るべき襲撃をかわすことが出来ます。
あなたの受ける苦難ゆえに、あなたは涙にむせび悲しみに呻くことでしょう。しかし、もしあなたが私たちの救い主に真実留(とど)まっているなら、彼はあなたを、例え死んでも、花嫁を迎えに来られる時に、御腕にたぐり寄せて下さるのです。
容易な道?否!大いなる涙と心の痛みの道、しかし、おお、なんと素晴らしや、永遠の命へと至る道!
極めて重要なことは、あなたが実際に何を思っているか、を知ることです。
実際、あなたから如何なる思いが生じているか、そして、敵から如何なる思いが生じているかを知りなさい。
なぜなら、サタンの勢力、人間の仲間等々はマインドプログラムやマインドコントロールに非常に熟達しているからです。
あなたの思いの中に何か奇妙な思いを聞いたなら、注意深く聴いておいて、それがあなた自身の思いではないと認識することを学び始めなさい。
恐らく、それらはあなた自身の思いでしょう。それはあなたが悔い改める必要のある事柄であることを表しています。
これらの邪悪な者たちはあなたをプログラムしようと狙っています。爬虫類人間たちはしばしばフィンガージャーク(訳注:ストレスを与えるために、たとえば人差し指と中指で人が歩く格好をしてしゃかしゃかやる。)をやるとか、ストレスを与えるために体のある部分をぶるぶると動かすでしょう。または、人の思いの中に彼らがプログラムしようとしているものを書き込むことをするでしょう。
私は眠る前にたびたびナンセンスなことを聞いて目を覚ますことがあります。
それで、このマインドコントロールのナンセンスを聞くと、私は祈ったり、私たちの救い主に賛美の歌を歌います。
ほとんどの夜は、私たちの救い主に賛美を歌います。そして、目が覚めると、主と聖なる男の子によって私の体内でなされた素晴らしい働きに、夜通し感謝を捧げています。彼らは邪悪な者たちが埋め込んだ夥しい量の異物を取り除くという大きな仕事をやってくれたのですから。
私の愛する人たち、彼らがあなたを殺害できない時でも、あなたにマインドコントロールを試みるのを止めることはありません。
だから、あなたが思うこと、あなたの心に実際にあるものを知ることが非常に重要なのです。
それゆえ、私たち各人は、霊的に清潔なままでいるために、毎日、1日中、悔い改めなければなりません。
私たちは真実、私たちの救い主を何よりも愛さなければなりません。そして、真実、他人を、彼らが何をしようが何を言おうが、愛さなければなりません。
私たちの心を清く保つために、私たちは一生懸命に働かなければなりません。
私たちはすぐに悔い改め、他人が赦しを請わなくとも、すぐにその人を赦さなければなりません。
私たちの救い主への愛と服従の中を歩かなければなりません。そして、その時、私たちが彼を呼び求めるとき、彼は私たちの叫びを聞いて下さいます!
私たちはいつも愛の中を歩くことを尋ね求めなければなりません。
否定的な感情と愛とは共存できません。
私たちが神の愛で満たされているとき、私たちは本当に自由です。
分かりましたか?
今言っておきますが、あなた方の多くが誘拐されて、麻薬を投与され、マインドコントロールされます。そして、爬虫類と彼らの相棒である人間たちの命令に従うでしょう。
今、あなたは、彼らのために働くものか、と思っていても、あなたは彼らの言う通りにするでしょう。
あなたが自分自身の考えを考えていると思っても、あなたは彼らの考えを考え、彼らがあなたに言うことを行うようになるのです。
間近に迫った人類の奴隷化はもの凄いものです。
自分のことも分からず、敵のことも分からずに失われている人たちがあまりにも多いのです!
あなたが敵を知ろうとするなら、それは非常に賢明なことです。
この世で、あなたの大いなる敵はサタンですが、あなたの敵は彼に限りません。
と言うのは、彼に仕える多くの人間にあらざる爬虫類たちがいるからです。そして、彼らはみな極めて悪質です。
彼らは永遠の憎しみをもってあなたを憎んでいます。そして、本気であなたを滅ぼそうと思っています!
また、サタンに仕える非常に多くの人間がいます。その中には自分の子供たちもいます。全くそうでない者たちもいます。
しかし、とは言え、彼らはサタンに魂を売り、秘密の許可を得て、権力者の地位を獲得し、その結果、彼の子供たちとさえなっています。
あなたが、なぜ、私たちの救い主のすべてを焼き尽くす火に耐え得るために、清く純粋な心を持たなければならないか、その理由がお分かりでしょうか?
さらに、現在、なぜ、あなたはそのような大変なテストと試みに直面しなければならないか、その理由がお分かりですか?
今、お話ししていることをもう一度読んで下さい。
と言うのは、これらの真理はあなたの救いの旅路にとって極めて重要なことだからです!
永遠の命を得る人は救いを受けます。
しかし、義人はほとんど救われない(訳注:1ペテロ4:18)、ということを覚えておかなければなりません。では、残りはどうなるのですか?
(1ペテロ4:18 また義人でさえ、かろうじて救われるのだとすれば、不信なる者や罪人は、どうなるであろうか。)
しかし、私の愛する人たち、私と私たちの救い主の聖なる息子、即ち黙示録12章の貴い男の子とは新しい領域に入りました。
私をあざ笑う人の多くが私を嘲っても、もうそれほど長くは続かないでしょう。
嘘つきの多くが私に敵する偽りを語っても、もうそれほど長くは続かないでしょう。
そして、拷問する者や迫害する者が私に対して攻撃を加えても、もうそれほど長くは続かないでしょう。
聖なる男の子と私は最高の時(the best of times)に入り始めているからです。
今でも、まだひどい迫害を受けてはいますが、私たちは大いなる素晴らしい王国の働きの縁に立っているのが分かっています。
私の愛する人たち、覚えておいてください。聖なる男の子は畑に隠された宝であり、また真珠です。もし人が彼を見つけると、その人は自分の持ち物を売り払って、その宝または真珠を買いに行くのです。(マタイ13:44-46)
彼は私たちの中にある神の国です。
彼は聖なる真珠です。
彼は埋められていた宝です。
彼がたとえ、地球上にいて、天使たちがやって来て彼にお辞儀し、またサタンと彼の多くの僕たちが絶えず彼を滅ぼそうとしても、彼は幼少期における私たちの救い主の聖なる王国なのです。
聖なる男の子と私は、私たちに対するサタンの怒りの矛先に堪えました。
私たちは、寝ても覚めても、拷問され迫害されました。
私たちの苦悩は甚だ大きかったのですが、これらの苦悩は、私たちの偉大なまた奇跡的な祝福と比べるなら、比較になりません。
そして、国々がこぞって私たちに敵対して軍隊が宇宙船を擁して私たちを滅ぼすためにやって来てはありとあらゆる悪を実行しましたが、失敗しました。
そして、米軍とサタンの宇宙船が何年もの間、我が家の上空辺りでキャンプをやっていましたが、私を殺害するか、あるいは聖なる男の子を滅ぼすか、彼を盗むか、彼の成長をストップさせるかの試みは完全に失敗に終わりました。
今、私の愛する人たち、私たちはまさに大勝利に入り行かんとしているのです。
去年の夏、即ち2010年の夏のことでした。私がある日祈りながら、非常に高くに到達しようと、私たちの主に到達しようとしていた時のことです。その時、主が私に言われました。
「あなたは私のマントに触れているよ。」
数カ月が過ぎてから、私は彼のマントとのことを考えました。また、彼が私に言われた、
「あなたは私のマントに触れているよ。」と言われたことが、どういう意味なのか不思議に思っていました。
2010年の秋が来て、非常に多くの驚くべき事と共に去って行きました。勿論、厳しいテストと試みもありました。
そして、厳しい冬が来ては去って行きました。
しかし、春になって、私たちの救い主がびっくりするものを携えて来られました。
本当に、びっくりしました。
彼が箱の中に包装した贈り物を持って私のところに来られたのです。そのギフト用の箱の中には綿の白いふわっとしたローブが入っていました。
彼は私にそのマントを下さろうとして来られたのでした。私はそのような素晴らしい贈り物に恐縮してしまいました。
彼が贈り物を下さったとき、サタンはその贈り物を手に取って見たかったに違いありません。
その時、彼が私の体を再攻撃したとき、彼がこう言うのが聞こえました。
「俺はあの中に入ることができるぞ。」
彼がなお私を拷問し迫害できるとの意味でした。
私の愛する人たち、私たちの救い主がこのマントを下さったのは、その話しをされてから、21年後のことでした。
ええ、彼が私に言われてから21年後、私が預言者として21年の間歩いた後に、私たちの救い主はこのマントを私に下さったのでした。
私はこのマントを戴いて嬉しくてなりませんでした。しかし、そんなに素晴らしい贈り物が何を意味するかは理解できませんでした。
そこで、私はこのマントが私の人生の中で何を展開するのか待ちました。
そして、私が最初に見たもの、それを私たちの救い主は、私の祈りの中で速やかに答えて下さいました。
その時、このマントは彼の御座に通じるホットラインのようなものであることが分かってきました。
私はとても有り難くとても感謝し、また、とても恐縮しています。
しかし、勿論、これで終りではないのです。
2011年の夏がかなり長引き、多くのまた長々と続く私の肉体への攻撃と、生活のいろんな領域への攻撃に、私は疲れてしまいました。
そこで、私は、もう一度、私たちの救い主に、新しい場所に連れて行って下さいとお願いしました。
私があまりに長期にわたる迫害に非常に疲れていたからです。
全く不意に、2番目のマントが来ました。これは最初のものとは異なっていましたが、似ているところもありました。
これもふわっとしていましたが、白色光で出来ており、スリーブがありませんでした。最初のマントの下に着るようになっていました。
また、それのウエストの周りにダイヤモンドの列(訳注:複数)がありました。そして、私たちの救い主は私の靴にダイヤモンドをくっ付けられました。
この2番目のマントが追加されたことで、とても多くの素晴らしい出来事が起こり始めました。
下にそのうちの非常に驚異的な出来事をいくつか載せておきます。
私はこれらのマントを戴いて、恐縮しまた感謝しております。そして、私たちの祝福された救い主への畏敬の念に満ちております。
彼はこれらのマントについていくつか説明して下さいました。
最初のものは彼のパワーの一部分ですが、2番目と一緒になって、彼のパワーの2倍の分を与えられました。エリシャに与えられた2倍の分とよく似ています。
しかし、さらに、私たちの救い主は、私が3番目のマントを戴くことを示されました。
この3番目のマントは極く近いうちに戴く筈です。
この3番目のマントは、これらの貴重な2つのマントを一緒にしたよりはずっと大きなものです。
ギフト用の箱の中にそれがあるのを見ることはできるのですが、触ることはできません。
私たちの救い主が言われるには、この3番目のマントは間もなく戴けるのですが、「間もなく」がいつなのか知る術はありません。
私は大きな希望と期待をもって待ち望むだけです。
私たちの救い主が言われるには、この3番目のマントを受けると、風に乗って飛ぶことができるのだそうです。
そして、風に乗って飛ぶことが出来るようになったら、私の愛する人たち、多くの方々にお会いすることが出来ますね。
私の愛する人たちの貴重なお顔を拝見できるとは、何と幸いなことでしょう。
私のテーブルも準備しておいて下さいね。
すぐにでも、あなた方を訪問できるのは間違いありません。
あなた方が恋しくてたまりませんわ!
それでは、今から、マントを着たことで私たちの祝福された救い主のパワーによる麗しい出来事をいくつかお話ししたいと思います。
聖なる御名に、とこしえまで、栄光、栄光、栄光。そして、彼の王国が間もなく彼の忠実な人たちに来ます。
彼は今は遅らせておられますが、彼の王国はもうそんなに遅れることはありません。
あなたの心をきれいにしなさい。
あなたの道を狭くしなさい。
右も左も見ないで、あなたの目は私たちの救い主だけを見詰めていなさい。
いいですか!
何週間か前のことです。私はレストランに入って行って、何人かの人のために祈りました。
1人の年配の女性がレストランのバックで働いていました。彼女はコックさんでした。
しかし、彼女はポットがどこで、鍋がどこだったか、いつも忘れてしまい、困っていました。
彼女の記憶の問題は彼女の娘の大きな問題から来ていました。娘はレストランのオーナーでした。
記憶の問題はアルツハイマーのようでした。
私はこの女性のために喜んで祈りました。
彼女のために祈ると、聖なる男の子のパワーの波が彼女の脳に入って行くのが感じられました。
私の手にも多量の熱が伝わって来て、私たちの救い主が素晴らしい働きをしておられるのが分かりました。
祈りが終わったとき、この女性は癒されました。そして、今や、彼女は非常に有能な働き手です。
私たちの貴き救い主の御名に祝福あれ。
彼へのすべての栄光、すべての名誉、すべてのパワー、すべての賛美がとこしえまで。
その同じ集まりの間、私はそこにいた他の人たちのためにも祈りました。
1人の女性は神のパワーが彼女の体内に浸透して行って内側から働きがあり、重苦しさからとても解放される感じがしたと言いました。
彼女は悪鬼による多くの攻撃から解放されたのでした。
(訳注:リンダ姉妹は若い頃スペインに留学して医学を学んだ経験があります。しかし、内戦で中退。ですから、医学用語がよく出て来ます)
それから、自称「牧師」が二人その場に入って来ました。
しかし、私の愛する人たち、彼らは牧師ではありませんでした。後で分かったのですが、そのうちの1人は預言者とも自称していました。
所謂(いわゆる)預言者が私の手を取ると、彼が激しく震え始めて、手を挙げておくことができないほどでした。
彼は下がって行って、窓のそばに独りで座りました。そして、自分の手が冷たいと言って不平を鳴らしました。
彼がぶつぶつ言うので、私は彼に言いました。「あなたの手が冷たいのはあなたの霊的な歩みが冷たいからですよ。」
そして、彼のために祈りました。
彼は預言者なんかではありませんでした。そして、私が彼の手を取っても、その男性は立ち上がることが出来ず、逆にひざを付いてしまいました。
私の愛する人たち、同じことが世界中の偽預言者に起ころうとしています。彼らが私の中に、また花嫁の中に、即ち神の息子たちの中にいる聖なる男の子の前に立つと、これら偽者たちはひざをついてしまうでしょう。それはへりくだるからではなくて、聖なる男の子の前でへりくだらされるからです。
彼が世界を支配するからです。
「女は男の子を産んだが、彼は鉄のつえをもってすべての国民を治めるべき者である。…」黙示録12: 5
あの日の少数の人たちへのメッセージは「聖さを主に(Holiness unto the
Lord)」でした。
私たちは、今、そこにいます。
私たちの救い主は「聖さを主に!」を要求しておられます。そして、花嫁に対して、他の方法では駄目だと主は言われます。
ですから、花嫁の一部分である人なら、みな私たちの救い主に清くて純粋な心を、即ち「聖さを主に」捧げるのです。清くて染みのないきれいな花嫁だけが、私たちの救い主の御前に入って行くからです。
今日の預言者たちの現状は、特にこの国の場合について申しますと、アハブの時代の状況と似ています。
あの時、1人の本物の預言者と400人のバアルの預言者がいました。
しかし、バアルの預言者たちは、「バアルは言われる。」とは言わず、「上っていきなさい。主はそれを王の手にわたされるでしょう」(列王記上22:6)と言いました。
そうです、彼らは「主が」と言っていますが、彼らは偽りの霊に満ちていたのです。
当時、1人の本当の預言者しかいないで、アハブは彼を獄に投げ込み、苦悩のパンと水を彼に与えるように命じました。(1列王22章)
「彼らはそむける民、偽りを言う子ら、主の教を聞こうとしない子らだ。 彼らは先見者にむかって「見るな」と言い、預言者にむかっては「正しい事をわれわれに預言するな、耳に聞きよいことを語れ、迷わしごとを預言せよ。」(イザヤ30:
9-10)
私が言うことを聞きなさい。これと同じ時代が再び私たちの前に出現しているのです。
今日、大多数の預言者たちは、アハブの時代と同様に、私たちに滑らかな言葉を語りたがっています。
彼らは共に集まり、一つ心になって、アハブの時代と同じように良い事柄を語りたいのです。
しかし、私たちの救い主は冷たさのまま切り捨てられます。
彼らは私たちの救い主から聞いてもいないのに、彼から聞いたと言います。
否、彼らは嘘つきの、騙す霊から聞いているのです。
これら同じ嘘つきで欺きの預言者たちは黙示録12章の真実を徹底的に拒絶して、私から遠ざかったままです。
事実、男の子と共に居るここ数年の間に、この国で本物の預言者がただ1人だけ、この働きと関わりを持ちたいとの意向を示しました。嘘つきの預言者たちは私から遠くに逃げて、私をあざ笑いこの黙示録12章の働きを中傷しています。
その理由は分かっています。
これが聖なる働きであり、彼らの罪が、これらの働きについて、彼らを盲目にし、耳しいにしてしまっているからです。
と言うのは、これらの働きが或る領域内に隠されていて、私たちの救い主がわざと反逆者たちに目覚め、見聞きして、これらの聖なる働きを通して私たちの神の王国を受けることがないようにしておられるからです。
しかしながら、何人かの預言者たちが他の国から名乗り出てきました。彼らは従順で、謙虚、素直な人たちです。
そして、私たちの救い主は彼らにこの働きの真理を示されました。
心のへりくだった人は幸いです。
心の砕けた、また、悔いくずおれた人たちは幸いです。
この人たちは私たちの救い主にとって貴重であるからです。
しかし、同じへりくだった人が立ち上がって傲慢になると、黙示録12章の真理は取り上げられます。
この働きをもてあそんではいけません。
もし、あなたがこの働きの真理を知って受け入れるようにされたのなら、あなたは極めて祝福されています。
全地球に、これらの預言の働きのようなものは他にありません。
そして、これまで、黙示録12章の働きのような働きはかつて存在したことはありません。なぜなら、この働きは王国の働きであり、彼の御国が来ますように、彼の御心が天におけるが如く地にもおこなわれますように、という私たちの救い主の約束の頂点であるからです。
お分かりですか?
私の愛する人たち、ある女性がやって来ました。彼女は転んで腕に怪我をしていました。
私が彼女のために祈ると、聖なる男の子が彼女に奉仕していると、彼女の問題の関節の中を見ることができました。靭帯(じんたい)か腱が骨から外れていました。
嚢胞(のうほう、訳注:分泌液がたまって袋状になったもの)とかあるいは液体のような丸いボールが見えました。聖なる男の子がそれを取り除きました。
靭帯か腱が骨に再び取り付けられて、女性は癒されました。
イエス様の御名に祝福あれ!
私は貴重な友人のことをお話ししなければなりません。彼女は赤ん坊を亡(うし)なおうとしていました。
私が祈ると、聖なる男の子が問題点を見せてくれました。彼女は陣痛を起こそうとしていましたが、ある組織に裂け目があって、その裂け目から出血を起こしていました。
しかし、私が見ていると、聖なる男の子がこの裂け目を修理して、この赤ん坊は救われました。
この貴重な女性が後で話してくれました。あの日の早朝に、部屋に天使たちがいるのを感じて、その時、彼女が癒され、彼女の赤ん坊が救われたのが分かったそうです。
この女性は非常に遠い国の方でした。
栄光、栄光、栄光が、とこしえに私たちの祝福された救い主にあれ。私たちの救い主の働きに国境はありません。
それから、ある朝のことです。私が町まで運転していると、神の御霊がある家の前で、止まって祈るように、と言われました。
しかし、私が止まった時には彼らはまだ目覚めていなかったので、私は町に入って行きました。
そして、私が家に帰る途中に、この家を通り過ぎたとき、神の御霊が、戻ってこの女性のために祈るように、と言われたのです。
そこで、私は車の向きを変えて戻りました。
その女性がドアに来て、病気の様子を語り始めました。足がとても痛むそうで腫れていました。医師の診断は線維筋痛症というもので、非常な痛みを伴い、長期にわたって徐々に衰弱していく病気とのことでした。
彼女のために祈り始めると、聖なる男の子が彼女の体内に入って行って、彼はとても満足そうにしているのが見えました。
彼の貴い小さな子供の笑い声が聞こえ、彼のたくさんの目を見ることができました。
たくさんの目のことをお話ししたかどうか分かりませんが、彼の霊の体内にたくさんあります。それによって、彼はあらゆる方向を見ることができます。
おお、なんと貴いことでしょう、私たちの救い主の聖なる息子は。
聖なる男の子がこの女性のために作業をしていると、彼が見ているものを私も見ることができましたし、彼女が非常に痛がっている部分を見ることができました。その部分は線維筋痛症のために真っ赤に腫れ上がっていました。
それから、彼女の下半身に閉塞があって、ある管が閉塞しているのが見えました。
それから、男の子がこの閉塞を取り除くのが見えました。
聖なる男の子が仕事を終えると、私は彼女に、痛みはどうですか、と尋ねました。すると、彼女は何もありません、と言いました。
次に、私はそこを去る前に、もう一度彼女のために祈っていました。その時、彼女の夫が私の腕をつかみました。彼が私の腕をつかんだとき、4つの実体(訳注:悪鬼?)が彼の体から逃げ出すのが見えました。
その時、聖なる男の子が、「今、彼は気分が良くなった筈だよ。」と言うのが聞こえました。
栄光、栄光、栄光がとこしえまでも、私たちの祝福された救い主にあれ。
それから、私の家のエアコンを修理することになっていた男性がやって来ました。
彼の呼吸がたいそう苦しそうでした。
胃がまたとても大きく広がっていました。
この人と話していると、彼は前の日に医者に行って来たそうで、医者は彼の血糖値コントロールのための投薬をすると言っていたことを心配していました。
彼はその薬は本当に嫌だと言いました。
そこで、私は、あなたが帰られる前にあなたのために祈ってもよろしいですか、と尋ねました。
彼はそうして欲しいと言いました。
私が祈って、私たちの救い主の聖なる貴い息子、即ち聖なる男の子がこの男性のために働き始めると、彼の問題は単に血糖値だけではないことが見えました。
すぐに、彼の心臓の周りに血管の閉塞が3箇所見つかりました。(訳注:閉塞は梗塞に至る前段階)
私が祈ると、聖なる男の子はこの男性の血管の閉塞をただ回転させるだけで、血管を切開してしまいました。
それから、聖なる男の子は、この男性の膵管(すいかん)に部分的な閉塞があって、この部分的な閉塞が瘢痕組織(はんこんそしき)の蓄積によって引き起こされているのを私に示しました。(訳注:瘢痕(はんこん、英:scar)とは、潰瘍、創傷、梗塞による壊死などによって生じた、様々な器官の組織欠損が、肉芽組織の形成を経て、最終的に緻密な膠原線維結合織に置き換わる事で修復された状態。)
そして、私は、聖なる男の子がこの瘢痕組織を取り除いて、この膵管を切開したのが見えました。
次に、胆管がもう少しで閉塞されるところであるのが見えました。そして、この男性にはたくさんの肝臓の石と胆石を持っていました。
そこで、聖なる男の子は、この男性の胆管の清掃作業と肝臓と胆管からたくさんの石を取り除く作業を開始しました。
次に、聖なる男の子は、この男性の腎臓の尿細管が塞がれているのを私に見せました。そこで、彼はこれらの細管の掃除を始めました。
栄光、栄光、栄光が私たちの救い主にとこしえにありますように。
イエスに、すべての栄光、すべてのパワー、すべての名誉、すべての賛美が、とこしえに、いつまでもありますように。
彼の聖なる御名に祝福あれ。
この男性が帰ろうとしてトラックの近くまで行った時に、彼に言いました。
「呼吸はどうですか?」
彼が言いました。
「呼吸は今は良くなりました。」
聖なる男の子は、3つの血管のうちの心臓に非常に近い箇所にある1つが部分的に閉塞があって、血管の90%が閉塞していたことを私に見せました。
この男性は心臓発作に非常に近い状態にあったのです。
そして、これらの多くの奇跡に加えて、私たちの救い主は他の人たちのための多くの祈りに答えて下さいました。その答えはとても早くて、数分あるいは数秒というものでした。
私たちの救い主の素晴らしい不思議と奇跡に私はとても驚いています。そして、聖なる男の子の貴重な働きには畏敬の念を抱いております。
私の愛する人たち、このメッセージを印刷し、それを側に置いておいて、何度も読むことができるようにしてください。
日がたつにつれて、読んだことの多くは忘れてしまうものです。しかし、私の愛する人たち、私がこのメッセージで示したことは覚えておく必要があります。
このお知らせは私の心からあなたのために出て来たものだからです。
私はまた終わりの時と私たちの永遠の救いに関わる極めて重要な聖書の教えをいくつか示しておきました。
私はあなた方を心から愛しております。ですから、あなたがご自分のための聖なる男の子を受け取るのを見たいものです。しかし、ご自分を霊的に準備しなければなりません。
あなたの心の備えをしなさい。
私たちには、これら光と火の聖なる赤子たちがいつ下りて来るか、分からないからです。
不意に起こるのは確かです。
リンダ・ニューカーク
追伸、このメッセージをコピーして、私たちの救い主を愛する人たちに配布して下さい。
あるいは、メールで送ってください。
この働きにとって非常に大きな助けとなります。
(翻訳 東 '11/10/15 yamayori2007@yahoo.co.jp)