
Amber Box
FANFICTION
リズム
日が落ちる。色が落ち、罠に落ちる。星が落ち、奈落に落ち、腑に落ちて、話にキレイにオチがつく。あと、何が、何が、ひゅるひゅると落ちるのか。いっせーの、と声をかけ、叫んだ。
「恋!」
「地獄!」
顔を見合わせて、ケタケタ笑い合う。バカだ、バカに尽きる。恋と叫んだケンが、地獄と呻いたヨージと肩を組む。落ちぶれて、笑いすぎて、派手に涙が互いの頬を落ちる。酔ってないよな、と確認し合って互いを抱き寄せて、深く深く眠りに落ちた。
優しさが人の形をしている
あー、しらんしらん。しったところで何になる。悔しさとうらみつらみを吐き出して、いっときまともな精神を得るだけだ。楽になりたいのか、楽したいのか。知ったら勝手に背負っちまう。記憶力はそれなりだから。気遣う。オレに気遣われたいのか、それよりオマエがオレを気遣え。散々、べらべらばらばら喋り散らかして、最後だけヨージは、ケンをじっと見て呟いた。
〝今のが本音。だけど、話したいなら聴く。〟
優しさじゃない、同情だ。同じ働くなら、前向いた奴と働きたい。じゃねーと、コートの裾を踏まれちまう。こけるなら一人でこけろ。這いずるなら、手を貸す。なんだそれ、と思いながらケンはヨージを見返した。サングラスをしていないと、目尻が下がっているのがよくわかる。そのやわらかい表情と投げつけられた粗野な感情が、いっそう人間らしさを深めている。いい奴だよな、オマエ。ヨージ、めちゃめちゃいい奴とケンは、ふへへ、とか細く笑う。笑うなら、もっと声出せ、と眉間に皺を寄せたのに、ヨージは相変わらず赤いケンの目元を撫でた。痛いとケンは目を閉じた。
午前1時、横浜某所
甘くつくったミルクティーにウイスキーをたらす。自分のカップには大さじ一杯。ケンのカップには、ぽたり一滴と砂糖をさらに追加して甘く甘く。酒飲みのくせにそれでいいのかよ。ふうふうと冷ましていると悪態をつかれた。いいんだよ、甘いのも苦いのも、ロックもカクテルもその時の気分にあわせれば。まずい酒が一番よくない。はい、どうぞとカップを差し出す。用心深く匂いをかいでから、ケンはペロリと水面をなめた。うまい。そうだろう。ありがとう。どういたしまして。寒くて眠れない時はこういう酒が合う。ヨージがそういうと、眠そうなたるんだ声で、ケンがもう一度うまいとうなった。
マム
赤紫と黄色の小菊に、一本ポンポン菊をあわせる。それだけで、仏花の顔が決まる。長さをそろえて、水につかる部分の葉を落とし、上から横から確認する。よし、と思ったら、センスいいじゃんと後ろからヨージの声がした。相手の手元には白と紫のトルコギキョウに、白いスターチスがあわせられている。オマエのもまとまってる。ケンがほめるとヨージは、ありがとうと返事した。
バラが笑う
途中まではツルと一緒。赤い折り紙を折り、開き、折り、正方形を作る。それを半分にして。ちょっとまってくれ、まって。説明を読みながらすすめるヨージの横で、ケンがずれるずれると何度も開いたりおったりしながら手順を追いかける。少し待ってから作業を続ける。それを斜めに折ってまた、開く。四つの羽で繰り返し、とがらせた部位を、ひっぱって整えると丸い輪郭のバラがあらわれた。とがった部分は葉っぱである。手のひらにのせてよくできたギミックだとヨージはぐるり眺める。視界には下を向いて、指先を動かすケンがうつる。一生懸命なせいで、口がゆがんでいる。がんばれがんばれと応援していると、できた、ほらとピンクのまあるいバラを差し出された。よく出来ているし、きれいだとほめると、ケンの手のひらでバラがくるんと笑い返すのだった。
海の中のワカメによく似た
おはよう。声をかけると、おやすみと手を振られた。眠そうには見えなかったが、今からまたヨージは眠るのだろう。いつ出会っても、着崩した感じや力の抜けた気配はあるけれど、小綺麗である。ほつれた髪さえ計算に見える。太陽が昇っても2月の朝は、しみるように寒かった。縮こまらせた体を伸ばし、ケンが掃き掃除を始めようとすると、ヨージが店に戻ってきた。
「お湯、ある?」
「ポットに沸いてる」
「予想通り」
それからふわふわと欠伸をし、奥にすすむと、手に持っていたカップにポットからお湯を注いだ。コーンスープとぽそり呟いてから、ヨージは自分の部屋に帰って行く。さっきよりは気の抜けた後ろ姿に、ケンは、おやすみと声をかけた。おやすみ、とヨージも掠れた声で返す。それから、くるりと振り向いて、お湯沸いてると思ったとへらりと安堵したような顔をケンに向けた。そこに計算はなく、ただの眠そうな男がいるだけだった。もう一回、おやすみとケンが言うと、寝ますよ寝ますと呟きながらヨージはふわふわと左右に揺れた。
労働だから多少は
やわらかくもったりゆっくりした口調で、話している。夕暮れの店頭で、これから送別会に行くという客のオーダーを聞きながらヨージがブーケをつくっている。外に置いたチューリップやラナンキュラスの小さな鉢を片付けながら、ケンは店内の話し声を聞いていた。平常時より、リズムがゆっくりしていて、声が小さい。丁寧さと紙一重。今見えているヨージのそれは、疲れだろう。ゆっくりした会話が、夕暮れに溶けていく。客を一緒に見送った後、おつかれさんと声をかけた。つかれてねーよ、と返される。それから目が合う。ちょびっと疲れたと笑ってから、ヨージはタバコを吸いにいった。
適当な食事
パスタなら俺にだってつくれる。湯を沸かし、洒落たイタメシ屋みたいだろとヨージは適当なことを言って、仕上がったたらこパスタに海苔を散らした。味が薄すぎたからケンは醤油をかけた。
・・・今はもう、イタメシなんて呼ばないし、パスタはレンジでもつくれるし、何なら別々に茹でずに完成もする。腹が減って麺が多すぎたからあの時は味付けが足らなかったのだ。レンジで、冷凍パスタが温まるのを待ちながら、ケンはふいに思い出した場面に頬を緩めた。バカだよな。バカだよ、ヨージと口に出すと、醤油を垂らした時に、同じようにバカと返されたんだったと肩をすくめた。