Amber Box
FANFICTION

blue

花を束ねる。今回は紫陽花を中心にすえる。いろんな花を贈ったが、紫陽花の時のリアクションが良い気がすると、ケンは思っていた。相手が笑ったわけでも、飛び跳ねたわけでもないけれど、嬉しそうに見えた。気のせいかもね、とメロディーにのせて口ずさむ。ユリとカーネーションを合わせた、なかなかにおしゃれな仕上がりの時や趣向をかえて、ラベンダーと草花を束ねたもののときの反応は、静かだった。静かとは、動かない水面のようなものを指す。紫陽花を渡したときは、水面に漣が見えた。その場所は薄く平ではなく、深いこともうかがえた。心は見えないからこそ、自分自身でもわからぬ底からふるえる。気のせいだろうね、とまたケンは歌う。白いレースフラワー、紫と青のスカビオサ、濃いブルーとグリーンの紫陽花。集中し、無心のつもりだったが、ずっとアヤのことを考えていたとケンは口元をゆがめた。感情が漣になり、指先から溶けて、きっと一緒に束ねられている。ふと、窓の外を見ると雨が降っていた。紐で結え、ぱちりと花の丈を合わせるためにハサミをいれる。今年は雨か、と呟くと、雨音が大きくなって街を包んだ。

たべられません

バニラのような白から、ピスタチオグリーンを挟んで、ラズベリー色に変わる。ジェラートやかき氷の話ではない。今日、店に届いた植物の話だ。植物、つまりスモークツリーのふわふわモコモコとした枝を抱えて歩きながら、色と色の境目にかじりついたら綿菓子のように甘いのかもしれないとケンは想像していた。モコモコが口に入った途端、溶ける。実際はきっと苦いか変な味で吐き出す。ふわふわにそっと頬を寄せると、綿菓子みたいだな。食べたりしないけど、と背後からアヤの声がした。まるで、心を読まれたみたいな気がして、ケンはぴたんと足が止まる。食べねーよ、食べろとは言ってないだろ。噛み合わない会話をして、視線が合う。ピスタチオグリーンからラズベリーになってアヤの紅い髪が見える。おまえ、顔いいな、花が似合うと言うと、怪訝な眼差しを返されたのだった。ふわもこのスモークツリー越しに、苦い顔のアヤが透けている。嫌そうな顔、と笑うと、またいっそう苦々しい目元になったから、ケンは笑い直した。スモークツリーも一緒に揺れる、揺れる。

light of love

よくわかる。理解したと閃きが落ちてきて、ケンは拳を強く握った。経験した場面での対応や動きが脳から体へと伝わってくる。今日はまた一段と感覚が冴えている。待機したまま、隣を見るとアヤが何かに気がついたように瞬く。
どうした?
ケンの唇がかすかに動いてアヤに問うた。
ケン、お前。今日も調子が良さそうだな。
わかる?
やはり、息だけ吐くような音がケンから漏れる。
冷静をまとっても隠しきれず、語尾が上擦った。
"目の色が"
闇の中でも海のように凪いだ青色をしている。また、炎のようでもあるとアヤは思ったが、当たり障りなく、"良い"と伝えると、ケンの眼が満足げに両方とも光った。

8月17日

金はあるから。屋台ぜんぶ買い占めてもお釣りがくる。でもそんなには食べきれないな。アヤは、何か食べないのか。たこ焼き、牛串、金魚。
夜に向かって軽い足取りのケンの言葉に、アヤから金魚は食べないと真顔で返され、首をそらされる。
屋台の食べものは高いし、ゴミは荷物になるだろ。人混みの熱気とは、真逆のしれっとしたアヤの言葉がケンには心地よかった。
じゃあ帰りに駅で、うどん食べて帰ろうな。ケンがいうと、アヤはそうだなと夏のまんなかで頷いた。人の声がさざなみのように土手をふるわせていく。空に星は見えない。明るい気持ちが互いにあるような気がして、触れてみたかった。そんなことはせず、ケンがぐんと伸びをしただけだった。

合図のように手を振る

また明日。そう言って手を振ろうとした。胸元まであがった手は、自然に揺れようとしてから急にロックがかかったように動かなくなった。肩が重たい。指先は冷たくなる。またも明日もないのだ。手を振って、相手が振り返る時もある。逆光で何も見えなかったりもする。かと思えば、小さく手を振り返されたこともあった。何もない時もある。その時は、ただ、鳥の声が耳に響いた。車の排気音や人の声もあった。目が合ったら、感情を押しつぶすからひどい顔をしてしまうだろう。

「何の話だ?」
「夢のはなし」
空港、交差点、商店街の途中、いろんな場所で、おまえを見送るんだ。椅子に腰掛けて、注文書に目を通していたアヤは、顔を上げ、話し続けるケンを見つめた。身近な会話より鳥の声が、はっきり聞こえることはアヤにも経験があることだった。しかし、夢では覚えがない。
「今もまばたきしたら、布団の中かも」
「墓場かもしれんな」
「目を覚ますから夢なんだ。永眠させるなよ」
一定の距離を保ったまま、ケンもアヤをじっと見た。それから一つあくびをする。あわせて、目を閉じたけれど、開けた先には変わらずアヤが座っている。どうやら今は夢ではなさそうだった。
「夢じゃないな」
「だろうな。でも、夢かもしれない」
可能性はゼロではない。瞬きをしたアヤの視界にも変わらずケンがいる。可能性は、消滅して、日常が一定のリズムで動き続けている。
「じゃあ、配達行ってくる」
にっと笑ったケンが跳ねていく。右目がやたらと細くなった様が笑ったように見えただけだったが、アヤはその後ろ姿に、ふいっと手をあげた。

知りたい

後ろからは、迷いなく前を見つめているように見えた。正面に回り込んで目を合わせると、泣きそうな顔をしていた。少し伏せた視線がそう見えるだけだ。唇が動いても、魔法を唱えるわけでもない。機を逃さぬように息を吐いて、気合いのうめきをあげる。不思議なやつだとアヤを見るたびにケンは思った。時折、感情の揺れのない絵のような静けさをアヤに見た。教科書に載る名画のような荘厳。自分自身の感受性がどこにあるのかはわからなかったが、そんな姿を見ると心が震えた。アヤ本人に、ミッションの最中は絵みたいだと言ったら、暗くて何も見えるはずないだろうと、お前が言ってることは意味がわからないと憮然とされた。勝手な感想だし、ちゃんとお前が生きてるって知ってるよと返すと、さらに意味不明だとアヤの眉間に皺が寄った。絵は表情を変えたりしない。止まった時がそこにあるだけだ。人の一挙手一投足にも刹那、視線がとらわれる時がある。伝わらないよなと言葉を飲み込んで、まぁ、オレ目がいいんだよとわかりあえなさを深めるような言葉をケンは続けた。